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98 変化

 マサとはあの一回きりでもう体を交わすこともなかった──  近辺の似たような店には何度も足を運んでいたものの、マサの店にはどうしても行く気にはなれず、意図的にマサとは会わないように俺はあの店を避けていた。  あれから一年も経った頃、俺は風の噂であのバーのマスターが亡くなったことを知った。マサはどうしているかと心配になり、今更ながら俺は店に顔を出すことにした。久しぶりに店に入ると前と変わらず健気にマサが一人で店を切り盛りしていた。 「うわっ! 安田さん久し振りだね。ちょっと見ない間になんだか益々男前になったんじゃない?」  店に入るなり明るくそう言って手招きするマサに、心配することもなかったと俺は安心する。少しだけ懐かしい気持ちになりながら、カウンターの端の席に腰を下ろした。 「色々噂は聞いてるよ? ちょっと調子に乗りすぎなんじゃないの? 大丈夫?」  マサは急に真面目な顔をして、小声でそう言いながら酒を出す。噂って何のことだよ。心当たりがあるような、ないような……  最近の俺は初心(ウブ)そうな子に声をかけては関係を持っていた。あの時初めてマサを抱いてからずっと、俺は誰かを抱くことで寂しさを紛らわすようになっていた。自分が優吾さんにされていた様な抱き方をすると決まって相手は困惑したし、苦悶の表情を見せていた。それでも快感に喘ぐ姿に俺は安心し、心が満たされる気がして満足だった。中には怒って俺のことを罵るような奴もいたけど、まあそんな事は俺にとってはどうでもよかった。 「何がだよ。調子に乗ってもいないし、大丈夫? なんて言われる意味がわからないし」 「全く…… ふふ、安田さんはそう言うと思った。気にしてないんならいいんじゃない? でも気をつけなよ? 俺は知らないからね」  そう言って顔を寄せてきたマサの雰囲気に俺は何となく違和感を覚えた。 「なあ…… お前、化粧なんてしてたっけ?」  すぐに違和感の正体がわかった。マサはさほど目立たないが薄い色合いの口紅を塗っている。恐らくファンデーションの類も塗っているのだろう。肌の感じもキメが細かく綺麗に見えた。そして仕草も何となく女性的にも見える。 「うん。もう好きなようにやってもいいかなって思って…… 彼ももういないし」  寂しげなマサを見て、俺はなんと声を掛けてやればいいのかわからなかった。 「あ…… 安田さん? あの時はありがとうね。ちゃんと思い遂げられたから…… 最期まで何度も抱いてもらえた。息を引き取る時に愛してるとも言ってもらえたから…… 俺、もう大丈夫」  目に涙をいっぱい溜めてマサは幸せそうな顔をした。きっとマサの喪失感に比べたら俺の寂しさなんてちっぽけなものなのだろうけど、大切な人を失った辛さは痛いほどわかるから俺まで涙が溢れそうになる。  何を言ったら慰めになるのか……どう言葉を選べばこの気持ちが伝わるのか俺には到底わからなかった。マサから軽く目を逸らし「よかったな」と言うのが精一杯だった。

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