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103 見かけない顔
それからだいぶ経ってからのこと──
俺は何も考えずに久しぶりにマサの店に立ち寄った。
俺の悪評が更に広がっているのか、店に入った俺を見るなりマサは嫌そうな顔をする。いくら顔見知りとはいえ客相手にその顔はないんじゃないかと冗談交じりに文句を言いながら俺はカウンターの席に一人座った。
週末だけあって、客も多い。賑やかな店内をマサともう一人の従業員で忙しなく切り盛りしていた。
マサの風貌は初めて会った時とはだいぶ変わっていた。
最初の頃は全くそんな素振りも見せなかったから気がつかなかったけど、今では薄く化粧を施し、喋り方も俗に言うオネエそのもの…… 念入りにメイクを施し体を弄っている奴に比べたらマサの今の姿は中途半端この上ないし、まあ愛嬌のあるオッさんという括りになるのか。それでも素顔や昔を知ってる俺からしてみたら十分可愛いと思うし、好きなようにすると言っていたマサの気持ちは尊重できた。
いつものようにのんびりと酒を呑みつつ、なにか楽しそうな事はないかな? と周りを観察する。別に人恋しいわけじゃないので、声をかけられ気が乗れば相手をするし、そうでなければ一人時間を潰して帰るつもりでいた。
「ちょっと! ごめん、そこ席空けて……ほら、あなたは端っこ座って」
いきなりマサに席を開けろと奥へと押しやられ困惑する。他にも席空いてんだろ……と思いつつ、まあ何でもいいやとナッツを口に放っていると、マサの様子がちょっと違うことに気がついた。
カウンターの真ん中の席に一人座る黒髪の男。ここに来る客層とはまた違った雰囲気のその男に、マサは浮き浮きした様子で何かを話しかけていた。
「こんばんは……この店は初めて? 見かけない顔だよね」
マサがカウンターを離れ奥に引っ込んだ隙に、俺はその男の真横に座り直す。怪訝な顔をしたその男は、俺のことを無視するようにスッと体を離した。不快感を隠すこともしない態度に俺は少なからず興味を持った。
「そんな怖がらないでよ。一杯奢るよ? 何がいい?」
細身の体だけど何か体を動かす事でもやっているのか、結構筋肉質にも見えた。そのくせ顔は中性的で綺麗。これはモテるだろな……とじろじろ見ていたら小さく舌打ちされてしまった。
「結構です……」
ここまであからさまに邪険にされるなんて滅多にあることじゃない。この男は俺の顔をチラリとも見ずに一点を見つめている。何しにここに来たんだ? と少し不思議に思っていたら、マサが料理を手にカウンターに戻ってきた。
「あ! ちょっと? 何やってんのよ、靖幸 ちゃんから離れなさい!……はい、お待たせ。今日は鯖の味噌煮定食ね」
俺が席を移動してこの男の隣に座っていたのが気にくわないのか、マサは嫌そうな顔をしてそう言うとシッシと俺を手で払う仕草をする。そこまでする事ねえじゃんか……と思いながら見ていると「靖幸ちゃん」と呼ばれたその男は「いただきます」と丁寧に手を合わせ食事を始めた。
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