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111 歪んだ恋愛感
それから数回、剛毅と会って体を交わした。
俺が剛毅につけた痕が薄くなってくるタイミングで決まって声が掛かる。自分は利用されているとわかっていても、不思議ともう嫌な気持ちにはならなかった。むしろ最近では俺の方から剛毅を誘っていたくらいだ。いつのまにか剛毅と会うのを心待ちにしている自分も少なからず存在していて、その浮かれ具合に気持ちが悪いな、とさえ思うようになっていた。
自身の恋愛感ももうよくわからなくなっているけど、間違いなく剛毅だって歪んでいた。自分の好きな相手に近づくために他の男と体を重ね、しかも自ら進んで体に傷を増やしていく…… 滑稽なのは一体どちらなのだろうな。
関係ないことなのにこの男を見てると悲しくなるし、どんどん惨めになっていった。
ノンケ相手に無駄な努力……
どうせその想い人も別の女の元へ行ってしまうのに、自分と同じ傷付く未来しか見えないのだから、今俺が救ってやってもいいんじゃないかとも思う。そう、俺にしておけばお互い寂しさを埋められる。
ずっと一人でも大丈夫だったはずなのに。こいつのせいで過去の思い出が蘇ってくる。
愛されていた記憶。幸せだったあの頃の記憶が……
ある時偶然靖幸と会った。やけに慌てた様子で俺の肩にぶつかってきたのが靖幸だった。「申し訳ない」とぶつかった事を詫びながら、あの時会っただけだけど覚えていたのか、あからさまに俺を見て嫌そうな顔をした。
「ちょっと待ってよ、ちょうど良かった。話したいことがあったんだよね。少し付き合わない?」
思わず靖幸の腕を掴み声をかけていた。自分でもなんで引き止めたのかわからなかった。話したいこと? ああ、そうだ。剛毅のことだ……靖幸から剛毅を離したかったんだと気づいてしまった。
「剛君のことでちょっと話したいんだ。いいよね?」
剛毅の名前を出したら靖幸は素直に俺の後をついて歩く。そのままよく行く店に向かった。剛毅の知らない店を選ぶ。偶然でも剛毅と鉢合わることのないように……
「こっち……」
この店はカップル席や個室が多く、それぞれ薄いカーテンで仕切られている。薄暗い照明ということもあり、よく見ると如何わしいことをしているカップルなんかもちらほら見えた。俺は靖幸と二人並んで壁に向かったカップル席に座る。警戒心丸出しな靖幸を無視し、わざと少し距離を詰めた。
「話ってなんだ?」
「そんな焦らなくてもいいだろ? とりあえずさ、君の名前教えてよ。自己紹介まだだよね?」
名前なんてわかってる。でもあえて俺は聞いた。「知ってるだろ?」と言わんばかりの怪訝な顔で「新堂靖幸」とぶっきらぼうに答える彼の顔をじっと見て、俺は更に顔を寄せた。
「ふうん……靖幸君って呼んでもいい? 俺は安田公敬。公敬でも安田でもすきなように呼んでくれて構わないよ。靖幸君とはこれから是非仲良くしたいと思ってるから」
俺がそう言うと、靖幸は逃げる様に顔を背けて「何で安田さんと仲良くしなきゃいけないんだ」とはっきり言った。俺だって靖幸と仲良くしたいなんてこれっぽっちも思っていないから安心しろ、そう心で思いながら笑顔を貼り付け話を続けた。
「本当に君は……はっきりとものを言う。好きだよ、そういうの」
嫌がるのをわかって、わざと靖幸の手を撫でる。ビクッとして手を引こうとしたからすかさずグッと掴み力を込めた。
「なら俺も靖幸君にはっきり言っておかないと……」
逃げようとする手を離されないよう強く握る。「手を離して」と言おうとした靖幸の言葉に被せるようにして俺は言った。
「もう剛君にちょっかい出すのをやめてもらえないか?」
俺の言葉に靖幸は訳がわからないといった顔をして首を傾げた。
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