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112 嘘
「悪いんだが、恋人にちょっかいをだされるのは流石にいい気持ちはしないのでね」
信じられないといった顔で靖幸が俺を見つめる。そんな顔を見ながら「いい気味だ」と思った。
「それでも靖幸君は剛君の大切な友達のようだから、俺としては君とも仲良くしたいんだよ」
自分でも笑ってしまうくらい、つらつらと嘘を並べる。現に俺が剛毅につけてきた傷や痕をこの男は手当てさせられていたのだろうから疑う余地もない。俺と剛毅は「そういう」関係なのだ。
異性愛者である靖幸にはわからない、男同士のそういう関係──
考え込んでいる靖幸の顔が徐々に強張っていくのがわかった。想像力をはたらかせ剛毅についた痕の理由、その淫らな行為を想像したのか、嫌悪の表情を見せ俺を睨む。
「大切な友達でもないし、ちょっかいなんて出してない。きにくわないなら自分でちゃんと躾けりゃいいだろ。俺には関係ない」
大方、剛毅の方が靖幸に近付いてなにかと理由をつけながら自分の傷を見せ心配させ、手当てをさせているのだろう。靖幸からしたら俺の言うことなんて見当違いも甚だしいはずだった。それでも意外にも靖幸から苛つきと嫉妬心のようなものを微かに感じ俺は思わず優越感を抱いてしまった。
「……ねえ、俺が剛君の恋人だとそんなに嫌かい? 澄ました奴だと思ってたけど、君って存外わかりやすいのかな? 俺に剛君とられて悔しい?」
図星をさされて反論できないのか、それともやはり的外れだったのか靖幸は黙ってしまう。
「そもそも君は男には興味なんか無いだろ? 靖幸君には無理だよ」
追い討ちをかけるようにそう言うと「そんな事ない」と意外な返事が返ってきて驚いた。どうせ勢いで口を滑らせただけ……一時の気の迷いなんてよくある事。自分でたきつけておきながら、靖幸のこの言葉に苛々が募った。
「そんな事ないって?……なら俺と試してみようか?」
俺はそう言って隣に座る靖幸の太腿に手を滑らせた。股間ギリギリのところをわざと強めにグッと握ると怯えたような顔で俺を見た。
「意外に可愛い反応。感じやすいの?」
そのまま肩を抱き寄せ靖幸の耳に舌を這わすと、慌てて体を捩り椅子から落ちそうになる。そして真っ赤になって「揶揄うな!」と俺に怒鳴った。
「揶揄ってなんかないよ? 俺が剛君を抱くように君も抱いてやるって言ってんの」
「ふざけるな!」
靖幸はそのまま怒って店を出て行ってしまった。
つい言ってしまった小さな嘘が心の奥に虚しく居座る。
頻繁ではないものの定期的に剛毅と会い、当たり前に体を交わす。この行為が愛情によるものではないのはちゃんと理解していた。それでも求められているのは事実で、報われない剛毅の姿を自分に重ねてしまう。そうしていくうちに自分のついた嘘が現実なのではないかと錯覚してしまうほどもう俺は自分がよくわからなくなっていた──
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