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116 誰かの代わり
俺の気持ちだってきっとここには無いのだろう。
独りの寂しさをどうにかして消し去りたい。信頼し、ただ一人愛した人に捨てられたという現実を心の奥底へ隠しながら、ずっと見ないふりをして生きてきた。そしてもう俺の中から消えて無くなっていたはずのその感情は、この目の前の男によっていとも簡単に引き出されてしまった。
優しく愛する──
俺が経験することのなかった優しさはどう体現したらいいのかわからない。それでも俺がそうされたかったように剛毅に触れ、体を繋げた。
「ねえ、俺は安田さんの恋人じゃないよ?」
「……わかってるよ、うるさいな……黙っててくれるかな」
行為の最中、俺はやっぱり複雑な気持ちで剛毅を抱いた。今まで求められるまま何度も何度も抱いて傷をつけた。決して優しいとは言えないこの行為も、お互いの合意の上。でも満たされていたと思っていたそれは、都合の良い自分自身への慰めだった。どんなに痕をつけても、傷を残しても、時間と共に消えてしまう。それなのに、自分に残る目に見えないこの傷はいつになったら消えるのだろう……
既に足枷も外しているのに逃げる様子もない。俺の上で腰を揺らしながら喘ぐ剛毅にキスを強請る。既に快感に流され縋る剛毅は、いとも簡単に俺の首に腕を回し愛おしそうにそっとキスをした。堪らず俺は剛毅を組み伏せ、また少し乱暴に奥を抉り、切なさを誤魔化すように腰を振った。
「剛君はさ、俺にしといた方が幸せだと思うよ……」
ことが終わり剛毅を腕枕してやりながら独り言のように溢してしまった。結局最後には激しくしてしまったからか、俺の腕の中で剛毅は返事もなく微睡んでいた。
まあでも聞こえていなくてもいい……返事なんて聞かなくてもわかってる。
目を瞑ると余計に投げやりな気持ちになった。不意に剛毅が起き上がり、俺の頬をそっと撫でる。起きていたのか、と思いながら俺はそのままじっとしていた。
「……安田さん。なんかごめん。俺、安田さんとはやっぱり付き合えないよ」
「………… 」
俺は剛毅とどうなりたい? わかってはいるけど改めて言われると意味もなく問い詰めてみたくなる。真剣に問うたら、もしかしたら俺の方を振り向くかも、と意地汚く小さな期待も残っていた。
「何でそう思う?……あの靖幸とかいう奴だろ? あれはやめといた方がいい。剛君、辛い思いするから……」
なんとなく顔を見られたくなくて剛毅に抱きつきながらそう言った。
「安田さんこそ、何でそう思うの? 俺はまだ相手に気持ちをちゃんと伝えてないし、ダメでもそれは俺の気持ちの問題だから……気になってしまうのはどうしようもないんだ。他にこんなに気になってる人がいるのに、それなのに安田さんとは付き合えない」
「………… 」
剛毅の言うことは至極真っ当だ。だけど俺には剛毅のように気持ちを伝える相手はもういないのだと虚しくなった。
「安田さんだって……その……俺のこと、本気じゃないだろ?」
オドオドと俺の顔色を窺いながら聞いてくる剛毅が可愛く見える。歳だって離れているし、俺が本気で言っているとは思えないのだろう。俺だって自分で自分がよくわかっていないのだから、そりゃそうだ……
「そうだな。本気……じゃない。一人で住むにはちょっと広すぎるこの家で二人で生活出来たら幸せなのかな、なんて夢見た程度の本気……」
返事に困ったような顔で黙り込んでしまった剛毅に俺は更に続ける。
「あの男はさ、ノンけだろ? 何言われたか知らないが、付き合ったとしてもいずれ他所の女に行っちまうんだよ。そりゃ男女間でも別れはあるさ。でも、男じゃなくて女に走られるのは……しんどいぞ。俺はまだ男に浮気される方がマシだ」
「………… 」
恋をして、男と付き合って、同棲までした。ずっと将来も当たり前に二人でいるものだと信じて疑わなかった。若かったから……俺にとって愛する人が全てだった。だからこそ、裏切られたとわかった時は絶望した。
剛毅にこんな思いをさせるのは酷だろうと、だから俺で妥協しろと、そう思って俺は話す。
そして自分の寂しさを埋めるために……
「俺は剛君が傷つくの、見たくないんだよ。これから好きになってくれればいいからさ。俺にしておきなよ」
案の定返事に困って黙っている剛毅に、俺はそっとキスをした。
ごめんな──
これ以上言っても何も変わらない。自分でもわかっている。
人は誰かの代わりにはなれないんだ。
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