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118 離婚
剛毅を家に連れ込んだことを橋本さんは知っていた──
たまたま俺の家の前の道を通った時に見かけたのだそうだ。「たまたま」通りかかるような場所でもないんだけどな、まあそういうことにしておくとして、橋本さんは俺に対して「何やってるんだ」と真面目な顔をして咎めた。
そんなの余計なお世話だ。
今更恋愛など必要ない。でも人肌恋しい時は誰かを誘っても何も問題はないだろうと俺が言うと、橋本さんから笑顔が消えた。いつもなら終始にこにこと俺の話を聞いてくれ、ちょっと何を考えてるのか分からないところもあるけど、何かあっても決まって優しく俺のことを見ていてくれた橋本さんが、意外にも悲しそうな顔を見せた。
こんな会話だって過去にも何度もしたことがある。その時は笑ってくれたはず。それなのに何でこんなに居た堪れない気持ちになるのだろう。
「何なの? 久しぶりに会ったのに、なんか説教臭くない? 橋本さんももう歳だね」
何やら雰囲気の違う橋本さんに動揺する気持ちを隠しながら、俺は酒をお代わりする。いつものテンポのいい会話はなく、珍しく俺の顔色を伺っているようにも見えた。
わけもわからず、ただただ居心地が悪い。無意識のうちに俺はいつものペース以上、マサに「もうよしたら?」と止められるほどに酒を呷ってしまっていた。
「そうだよ、もうお互いにいい歳なんだよな……」
「は? やめろよ一緒にすんなよ」
いくら俺が笑っても、橋本さんは難しい顔のままだ。言いたいことがあるのか、俺と話す事に単に気が乗らないだけなのか。今日はもう帰ろうかな、と思ったその時、橋本さんの口から思ってもみない言葉が飛び出し、俺は耳を疑った。
「そういえばさ……優吾、離婚が成立したよ」
「え?」
顔色も変えずにサラッと言った。
だれ? 優吾?
離婚?
俺は橋本さんの言葉を理解するのに時間がかかった。何年か振りに聞いた優吾さんの名。何でもない風に、俺に向かって離婚の報告をする。だから何? 離婚が成立したということは、しばらく前からその準備をしていたということだ。橋本さんはそれも知っていたのだろうか。
だからなんだ? 俺にはもう関係のないことだった。優吾さんと別れて何年経っていると思ってる? 今更そんなことを聞かされたところで俺が何か言うこともないだろう。
「公敬君? 聞いてる?」
俺の反応を伺うように橋本さんは小さな声で俺に聞く。
「は? 聞いてるよ。ふぅん……そうなんだ」
「それだけ?」
「……そうだけど? 何なの? 俺には関係ないだろ」
そう答えるので精一杯だった。だって本当に何と言ったらいいのかわからなかったから。
真っ暗な海の中に放り込まれたような絶望の闇──
あの時感じた冷たい闇がまた俺の中で広がっていく感覚にゾッとした。それを誤魔化すように俺はひたすら馬鹿みたいに一人で酒を呷った。
おかげで俺はヘベレケになって橋本さんに家まで送ってもらう羽目になってしまった。
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