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119 過去の人
しこたま酒を飲んだのに……
前後不覚になるほど飲んだはずなのに、俺は支離滅裂ながらも不思議と意識はしっかりしていた。
この時の記憶なんか全て消え去ってくれればよかったのに──
酷い酔っ払い状態の俺なんか放っておけばいいものを、橋本さんは甲斐甲斐しくベロベロになった俺の世話を焼き、着替えまでさせてくれた。
「いつから? いつから知ってたんだよ……結婚生活……上手くいってなかったのかよ」
俺のことを捨てたくせに、橋本さんも認める「いい女」と結婚して幸せになってたんじゃないのかよ。俺との未来を捨ててまで一緒になった女だろ? 何やってんだよ。でもあの優吾さんがフラれたのかと思ったら複雑だった。
俺には関係のないことなんて言っておきながら、もう頭の中では優吾さんの「今」に想いを馳せてしまっている。ざまあみろと思いながら、何故だか涙が止まらない。飲み過ぎたせいで自分が何を考え何を口走っているのか訳が分からなくなっていた。
「優吾さんも大切な人に捨てられた気持ちがよくわかっただろうね、ザマアねえな」
水を飲めと言う橋本さんにもたれながら、俺はご機嫌でコップを受け取り一気に飲む。
「泣いてんだか怒ってるんだか、笑ってるんだか……公敬君、忙しいね」
呆れた顔で俺を見ている橋本さんは、さっきまでの哀れみの表情はもう消えていて俺の醜態を見て笑顔を見せた。
「は? なんかどうでもいいよ。訳わかんねえもん……橋本さん泊まっていくだろ? ゲストルーム使ってね」
ふらつきながら俺は一人バスルームに向かう。冷水でも浴びて少し頭を冷やしたかった。何か橋本さんに言われたような気がしたけどそれを無視し、俺はそのまま少しだけシャワーを浴びた。
優吾さんもあの時の俺みたいに傷ついて打ち拉がれているのだろうか?
あの忌々しい別れの日から何度も何度も季節が巡っていくうちに、俺の中の傷ついた心は目に触れないところにしまい込むことができた。
俺にとって優吾さんはもう「過去の人」だった。独りは寂しいと思うことも多かったけど、俺は自身で折り合いをつけやってきたんだ。今更優吾さんが独り身になったところで俺には何の関係もなかった。離婚したと聞かされて思わず動揺してしまったけど、冷静になってみたらなんて事はない。
今もこれからも、何も変わらないんだ──
正直もう考えたくなかった。自分の弱さ、惨めさ、浅ましさ……長い年月をかけ自分を騙し騙し取り繕ったものを、そうさせた張本人のせいで台無しにされるなんて真っ平ごめんだ。
冷水を浴び、少しスッキリした俺はそのまま寝ようと寝室に向かった。
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