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120 独り言

「公敬君……もう寝ちゃった?」  静かに寝室のドアが開き、遠慮気味に橋本さんが顔を出した。俺はすっかり布団を被り寝る態勢になっていたからそのまま黙って無視をする。さっきも何か言いたそうな顔をしていたから、きっとまだ俺に言いたいことがあるのだろう。 「………… 」  ドアが閉まる気配がして、橋本さんは隣のゲストルームに行ったのだと思った。これ以上何か言われるのも、聞かれるのも面倒だと思った俺は少しホッとし瞼を閉じる。 「違うんだよなぁ」  突然すぐ側から橋本さんが話し出し、驚いて思わず息を飲む。そのまま黙っていたらまた勝手に話を始めた。 「別に優吾は「捨てられた」わけじゃねえよ。結婚生活がうまくいってなかったわけでもない。なあ、公敬君?」 「………… 」  なら何で──  それなら優吾さんはまたあの時の俺にしたのと同じに、相手を自分勝手に切り離したと言うのか。今度は何の保証のない「恋人」ではなく、将来を固く誓い婚姻を結んだ結婚相手。その人に「別れる」という決断をしたというのか? 俺と同じ思いをしたであろうその相手の女のことを思うと胸が苦しくなった。 「寝ちゃったか。まあいいや。あいつにも色々事情があったんだよ。でもツイてた……相手の女が強かで賢い。前にも言ったろ? 優吾は本当、運がいいよな」  橋本さんは俺が寝ていると思ってか、ベッドの横に座り込み布団越しに俺の頭を優しく撫でる。いい大人相手にまるで子ども扱い。そして静かに独り言を溢し続けた。 「初めっから仮初めの婚姻だったんだよ。別れることを約束した結婚だ」  酒のせいか、本当にうつらうつらと瞼が重くなってくる。橋本さんの優しい声色と撫でられている心地よさに、俺はそのまま眠ってしまいたい衝動に駆られる。そもそも橋本さんの言ってることの意味が理解できないのだから、これ以上話を聞く必要もなかった。 「君のことだって「捨てた」わけじゃないんだよ。そうするしかなかったんだと思うな」  橋本さんの言葉を遠くに聞きながら、わけわかんねえよ……と心の中でぼやき、眠気に誘われるまま俺は瞼を閉じる。橋本さんの話している言葉はもう言葉として届いてはおらず、まるで催眠音楽かのように俺の頭の中で心地よく繰り返された。ただただ心地よさに身を任せ、そのまま俺は意識を手放し深い眠りについていた。  翌朝早くに目が覚めた俺は橋本さんの姿を探す。  もう帰ってしまっただろうか。昨日はちゃんと話を聞けなかった。それでも目が覚めてからも記憶は薄らと残っている。じわじわと蘇ってくる橋本さんの放った言葉が俺の胸を騒つかせ、押し殺した記憶と感情が溢れ始めたのがわかって落ち着かなかった。

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