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122 全て捨てて……

 顔を見に来ただけ、と言っていた優吾さんとはそれっきり。やっぱり俺に会いに来る気配もない。  ほんの数分、それは五分と経たないわずかな時間だったけど、再会したのがきっかけで俺の中の優吾さんの存在が一気に大きくなってしまったのがわかった。  愛しいとか寂しいとか、そういった感情ではないと思う。  大切な旧友、もしくは家族と再会した、そんな感じ。それでもこの家にいると辛かった記憶も呼び覚まされ、泣きたくなる日が続いた。 「何を考えているのか俺にはわからない」  だんだん辛くなってしまった俺は橋本さんに本心を溢した。俺の中で長い年月をかけ優吾さんの存在は過去のことになっていたはずなのに、それなのに気まぐれで「顔を見に来た」などと言い俺に優しい笑顔を見せる。どんな気持ちで俺に対してあんな顔をするのだろう。   「冷静にいられるはずなんてないんだよ。それなのに、何であの人は普通の顔して俺と会える? あの時はごめん、すら無いんだぞ? 意味わからねえよ」 「公敬君に合わせる顔がないって思ってるから、もうコンタクトを取らないんじゃないの?」 「は? 橋本さん、思ってもないこと言ってんなよ。白々しいな……優吾さんとは会ってるんだろ? あの人がそんな風に思ってたら、そもそも俺に会いにのこのこと家にまで来ねえだろ」  橋本さんは俺の愚痴を聞きながら笑っている。 「あの人、今何やってんの? あのマンションにいるの?」  今でもあの時みたいに忙しく仕事をしているのだろうか。俺の時みたいにすれ違ってしまったのだろうか。離婚して一人になった優吾さんはまたあのマンションで暮らしているのだろうか。  でも一人になったとも限らない。夫婦の間に子が出来ていれば、もしかしたらその子と一緒にいるのかもしれない。それなら俺の顔を見に来ただけでそれ以降会う気もないのも頷ける。 「いやいや、公敬君、想像力豊かかよ。優吾には子どもはいないよ。一人だ。それとあのマンションはとっくに売り払ってたぞ。今は俺の家に居候、だな」  俺が色々想像してぶつくさ言っていたら橋本さんに笑われた。おまけにその情報、どういうことだ? 橋本さんと一緒に住んでるって?  「何それ? 居候って……住むとこないの?」 「はは、言葉のまんまだな。そう、とりあえず落ち着くまでって言いながら間借り状態で俺のところにいるよ」  ますます意味がわからなかった。  それを聞いて真っ先に「なぜ俺のところに来ない?」と思ってしまった。それこそ今更だ。そんな義理もない。 「思い切って嫁さんも会社も全部捨ててきたからね。よくやるよな。今は俺の会社の一社員として頑張って働いてるぞ」 「嘘だろ? 何やってんだよ……」  あまりのことに、俺はそう言うのがやっとだった──  

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