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127 「もう一度好きに……」

 それでも── 「公敬君にもう一度好きになってもらいたいから……」  この言葉に、蓋をしていた俺の気持ちがとうとう溢れてしまった。  今更どの口が「もう一度好きになってもらいたい」と言っている? ふざけるのも大概にしろ、と怒りが込み上げる。 「俺のため? そうするしかなかった? もう一度好きになってもらいたい? は? 意味わかんねえし何それ、綺麗事。結局全部自分のためじゃんか」  そんなの優吾さんの自己満足だ。そうやって俺から逃げた事実に変わりはない。 「俺のせいみたいに言うんじゃねえよ! 今更何言ってんだよ! あの時の俺の気持ちは? 裏切られた俺の気持ちは? 何も知らなかった俺はどうすればよかったんだよ……自分のことしか考えてねえじゃん。今更だよ……ほんと、ふざけんなよ……」  目の奥がじわっと熱くなる。あの時正直に打ち明けられていたとしても、俺は結婚を阻止することもできなかったし、優吾さんの気持ちを軽くしてやることもできなかった。  そう、どうすることもできなかったのは分かっているんだ。それでも俺は黙っていられなかった。 「正直、会うのは怖かった。何年経ってる? 俺の知っている君とはもう違うんだ、割り切って会わないと、と思ってても、やっぱり会ったらあの時のままの公敬君で……頑張って会いに来てほんとよかったって思ってる」 「あの時のままなわけないだろ、十八年だぞ! 幾つだと思ってんだよ! 今更会いにきてほしくなかった……」  苛立ちがおさまらない。感情に任せて言葉を発することで今まで取り繕ってきた仄暗い感情も少しは晴れるのかな、と、心の中のもう一人の俺が、僅かに残った冷静な部分で考えていた。 「このまま会わないでいて、君が何も感じなかったらもう諦めようと思ってた。それでもこうやって俺のことを意識してくれて感情を出してくれてるのを見たらまたもう一度好きになってもらえるんじゃないかって希望が持てた。あわよくば、あの時をやり直したい。一番幸せだったあの頃に戻りたい。取り返せないのならこれからまた二人で新たに時を紡いでいきたい。我が儘なのもわかってる。勝手なことを言ってるのもわかってる。それでも、少しでも望みがあるのなら、俺は公敬君にしがみついていたいんだ」  テーブルに置かれた優吾さんの手が小さく震えているのに気がついた。    十八年──    長い歳月を経て傷も癒えた。  俺が最後に見た優吾さんは泣いていた。酷く顔を歪ませて、俺を蔑み、抱きながら泣いていた。俺を裏切ることしかできなかった優吾さんも、もう傷は癒えたのだろうか。 「……好きだから。もう心を殺すような真似はしたくない……」  俺を真っ直ぐ見つめる優吾さんはふわりとした笑顔を見せ、一筋の涙をぽろりと溢した。 「俺には公敬君が必要だ……すぐには無理かもしれないけど、君のそばにいさせて欲しい」  これまでの時間を一緒に埋めていきたいのだと、涙を溢し笑顔を見せる優吾さんに、俺は何も答えることもできず掌で涙を拭うことしかできなかった。

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