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新入生歓迎会は放送部長に半ばお任せで、部長直々に選出した司会は校内一の喋り技の持主。
本番が始まってしまえば失敗する心配も不要で、半分ほど離席した職員席の自席に座ってぼんやりと学生たちのバカ騒ぎを見守る。
主導する放送部が余計に煽るから、会場内は興奮の熱気が常態化していて気付かれにくいが、このタイムスケジュールは放送部長をはじめとする腐男子ネットワークが練りに練った転校生対策を盛り込まれていた。転校生の取り巻きを分散させて紹介者に優先的に抜擢し、転校生にいいところを見せたい取り巻きたちに転校生が暴れださないように気を引いてもらう作戦だそうで。
まったく、この作戦が楽しかったとほざける腐男子という人種は底が知れない。
この学園には、実は委員会が風紀委員会と監査委員会しかない。
5年前までは一般的な高校と同様に図書委員やら保健委員やらとあったのだが、部活動と活動が被るのと、学校お仕着せでクラス選出のやる気のない委員の活動に部活動側から長いこと不満が出ていたのだ。
それを、部活動に仕事を一本化させるかわりに生徒会と監査委員会の監視を受けること、というルールに思いきって変更させたのが当時の生徒会だった。
そのため、生徒会、委員会、部活動という紹介順を崩さずにうまいことタイムスケジュールを組めたのは幸いというべきだろうか。
転校生のどこに惚れる要素があったのか、次々に陥落していった取り巻きたちはいずれも容姿端麗で役職持ちの有名人だった。
生徒会役員は全員だし、風紀委員長にバスケ部やサッカー部の部長、吹奏楽部のコンマス、軽音部で一番人気のボーカリスト、ボーイスカウト部部長、果ては新聞部部長まで。
中でも新聞部部長が堕ちたことが最も厄介だった。報道の力で転校生が起こす不祥事をむしろ美談に塗り替えて報道するため、多くの学生に普段目にする転校生の行動と照らしたギャップから混乱を招いているのだ。
見たままを信じれば良いのだが、まだ高校生ではそんな判断力は育っていないのかも知れない。
その新聞部に計画をバラさずに進めることが一番の難関だったというのも、おかしな話しだ。
放送部がその持てる力を結集して展開する新入生歓迎会は、エンターテイメント性の高い仕上りだ。
ライトもあるだけ駆使して効果的に舞台を演出するし、司会のフォローも秀逸。それらを仕切る頭脳が裏で糸を引いているからこそ、バカ騒ぎのはずなのに安定して進行されている。
保健委員会を引き継いだボーイスカウト部の部員勧誘という名の挨拶を眺めていると、背後から肩を叩かれた。
ちなみに余談だが、友達の活躍に大興奮の転校生の大騒ぎなどは華麗にスルーだ。
肩を叩かれた方向を振り返ると、そこにいたのは新理事長だった。早々に退出して空席になっている隣の席に腰を下ろした彼が、舞台を見上げて苦笑する横顔が拝める。
「センセ。久しぶり」
何度か口を開けたり閉じたりしていたから、話したいことはたくさんあるのだろうに、まず声に出したのは簡単な再会の挨拶だった。
自身は俺より格の高い理事長様だというのに。昔の癖が出たのか、センセなどと呼ぶ。カタコトで。
そのことに懐かしさを感じてしまった。懐かしいなど、年取った感想だな。
「元気だった?」
「お前に会えなくて腐ってたがな」
「それはゴメン。センセのそばで生きたくて頑張りすぎちゃった」
4年分歳を重ねたはずの彼は、4年前と変わらない可愛らしさそのままで照れたように笑った。整った顔立ちだが纏う雰囲気のせいか可愛らしく見える彼。
4年もあれば他の男でも女でも捕まえられただろうに、言い訳が俺基準になっているのに驚く。
「会えなくても連絡くらいするつもりだったんだけど、がむしゃらに頑張ってたら1年経っちゃっててね。なんか気不味くて連絡できなくなっちゃってた」
ゴメンネ、と続いた謝罪の言葉は軽くて重い。
最初から大人だった俺と違って、生活環境もその内容も大きく変化した4年間だったろうに。新しい出会いだってたくさんあっただろうに。
青春真っ只中の大学生時代をちゃんと楽しめたんだろうか。不安にも思う。
「それとも、誰かイイ人できちゃった?」
「こんな山の中でムサい男に囲まれてて、か?」
「僕という前例は棚の上ですか」
「前例、じゃねぇよ。例外、だ」
後にも先にも男に意識を全て奪われるなどこれきり。もしかしたら、女でもないかも知れないが。
なにしろ、何の説明もなく4年待てと言われて放置状態だったのに、こうして隣に座るだけで4年分の不満が全解消されるとは自分自身思ってもみなかった。
大人になった彼は、子どもの無邪気さを残したまま大人びていて、独特の魅力が生まれていた。惚れ直すとは正にこのこと。
「で? 説明はあるのか?」
「もちろん。進路を決めてから今までの5年分、全部話すよ」
「5年分……? 高3からか?」
確かに、進学先を決めたところから事情は始まっているのだろうが。高3の頃なら俺もそばにいたのに。
内心で何を考えていたのかは全く気づかないままだった自分をも情けなく思う。そんな情けない俺だから、相談もできなかったのか。
「支えてやれなくて悪かったな……」
「ほら、そうやって自分の負担にする。だから当時は何も話さなかったんだよ。悩むまでもなく決定事項だったから、残していくことになる亨治の負担になりたくなかっただけなの」
俺が住むのは山奥の全寮制高校の職員寮。彼の進学先は東京都心部の有名大学。隔たれた距離は確かに、残していくと表現されるに足るのかも知れない。
それにしても、精神的な支えにはなれただろうに。
「社会人にとって20代の時期って修業の期間じゃない。進学先がほぼ確定してた俺に時間を割いて大事な時間を減らして欲しくなかったの。それに、離れている間に他の人に取られてても奪い返す自信はあったもの。将来を見据えたとき、先生として実績を積んだ亨治の存在は不可欠だから、邪魔するくらいならその間自分の存在は近くにない方が良いと思って」
今と近い将来しか見ていない俺が恥ずかしくなるほど、彼の言葉の端々から垣間見える将来設計は屋台骨がしっかりしている。そして、そこには俺の意志など疑っていないレベルで、俺の存在が組み込まれていることを感じさせられる。
大卒したばかりなんだけどな、こいつ。
俺の同年代の頃など足元にも及ばない。
あえて悪くいうなら、腹黒い策士、ともいえるが。
「これからはずっとそばにいるよ。イヤだと言われたって、離れてなんてあげない」
「イヤだと言うと思うのか?」
「思ってたらこんなに強気でいられないよねぇ」
ふふっと笑う様子は余裕綽々なのが伺える。俺なんかこれだけ口説かれていても不安でいっぱいだというのに。
それとも、俺が気付かないだけで内心には不安を隠していたりするのだろうか。強がりで意地っ張りな性格であることは確かだから、あり得ないこともない。
そういえば、俺の前でこそ強がる質なのは高校卒業して別れるまで結局変わらないままだったな。
「話したいことも聞きたいこともたくさんあるし、相談しなきゃいけないこともあるんだ。今夜は寮にお邪魔しても良い?」
「良い……いや、今夜か……」
二つ返事で承諾したいところだったが、すんでのところで思い出した現状。
今夜は放送部や協力してくれた各部関係者を労って打ち上げの予定だ。出資者の俺が欠席するわけにもいくまい。すでに会場のため校内カフェを貸切予約してあるのだ。
その予定を伝えれば、彼もまた俄に真剣な表情を見せて頷いた。
「なら、それには僕も参加させてください。義務もなく力を尽くしてくれた生徒たちには、学園からも何かお礼をしなくてはと思っていたんです。経費もこちらで必要経費として落としますから、上限気にせず存分にその労に酬いてあげてください」
それに、現状も早急に打開しなくてはね、と続いたのは、4月1日から着任していたとしてもまだ数日しか経たない新理事長の耳にも、学園の現状が届いていた証明に他ならず。
生徒会顧問として前年度中に解決出来なかった俺の力不足が恥ずかしい。
「先生は顧問として十分な仕事をしてくださっていますよ。事務員たちからは高く評価されていました。教職員といえど、一人の力ではたかが知れます。今後は経営陣とも連携して解決に全力で取り組みましょう。現状のままでは無関係の学生にも悪影響ですからね」
ちなみに何故そこで評価するのが事務員なのかといえば、生徒会が処理した書類の生徒会顧問の次の行き先が財務や校務の事務員だからで。
学園長を通して理事長印が捺されて受理となる流れは内容の重要度に関わらず統一されている。
口調が改まったのはそれが理事長としての発言だったからのようで、それから少ししゅんと肩を落としたのが分かった。
そっかぁ、と呟く姿は少し寂しそうにも感じるが。
「じゃあ、話は週末に持ち越しかなぁ。明日は中等部の入学式があって、朝早いんだ。夜更かしはちょっと無理」
「焦らなくても俺はいなくならねぇよ。休日にゆっくり話せば良い。お前の存在が手の届くところにあるのだから、いくらでも待てるさ」
「うわぁ、久しぶりの殺し文句だぁ」
ぱたぱたと両手を小さくばたつかせて真っ赤な顔を俯かせる。別にこちらは殺し文句など言ったつもりもないのだが、時々ツボに入るらしい。昔はよく見た反応がむしろ微笑ましい。
「じゃあ、週末に。金土日独占させてね」
「そいつは俺のセリフだな」
むしろ忙しいのは教師の俺ではなく新任理事長な彼の方だろうし。
次に会う予定を取り付けたので少し肩の荷が降りたらしい彼は、まだ別件で用事があるようで立ち上がる。おそらくは、来賓の接待が必要なのだろう。
離れたところで待っていた初老の秘書の方へ向かう背中は、やはり4年前よりも成長した凛々しいものだった。
付き合っていた頃の高校生の彼も十分に凛々しい姿だったし、それだからこそ惚れもしたのだが。
「差は拡がる一方、か」
追い付ける気がしない。
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