4 / 30

 新入生歓迎会は大きな問題を起こすこともなく進行し、予定をスムーズに消化していった。  最後に残ったのは、司会進行を引き受けてくれた放送部。大トリを務める権利はその仕事ぶりに対する当然の見返りだと思う。  だが、それを当然と思わなかったのが対立勢力だ。つまりは、新聞部。  放送部が音声放送を含む音響全般を担当し、新聞部が文字報道を担当する。マルチメディア化したこの時代はその境界が曖昧で、放送委員会の役割を引き継いだ放送部に全面的に敵対心を燃やしているのが新聞部、という図式なのだ。  その新聞部長を友だちと公言して譲らない転校生も、一緒になって大騒ぎする。そして、その転校生の気を引きたい他の取り巻きたちが追随するわけだ。  新1年生にしてみれば、入学式当日から学園の闇を見せつけられるわけで、ドン引きも已む無しというところ。  放送部からしてみれば、仕事を放棄した役職者の肩代わりをしてやったのに仕事を押し付けた側から難癖付けられるようなもので、承服し難いのは当たり前だった。  結局、放送部がこの歓迎会を進行していた事実を紹介して部員募集の声かけをするくらいが精一杯で、ろくな部活動紹介もできないままグダグダのうちに閉会となった。  この歓迎会自体がある意味十分な活動紹介やから構へんで、などと放送部長はあっけらかんと宣ったものだ。  閉会後はそれぞれ教室に戻り、ホームルームで今学期開始の連絡事項が言い渡される。担任を持っている俺も例外ではなく。  放送部員は後片付けのため公休になる。ホームルームで伝えられる予定の内容は事前準備中に俺が代わって連絡済みだった。むしろ、今日聞かされる予定だった内容を彼らは昨日のうちに聞いていたわけではある。  連絡事項といっても、1学期のイベント周知や教科書配付の手順案内、教科担任の周知などだから、プリント数枚配って事が足りるのだ。  俺が今年担任するのは2年D組。成績順にクラス分けされる最下位クラスで、学業の奮わない生徒が数名と大部分の問題児で構成されているところだ。  ちなみに、今の学園の不良たちを率いるトップが所属している。 「おら、席つけ。ホームルーム始めるぞ」  不良クラスといえどそこはお坊ちゃん校で、意外に礼儀が身に付いている。おかげでトップを中心に据えて尊重してやれば年相応に素直な奴らだ。  事前にトップである日達(ひたち)に初日は全員出席させるように交渉しておいた甲斐あって、全員出席の快挙を成し遂げた。  ちなみにその日達というのは今現在、前列ど真ん中にふんぞり返って俺をニヤニヤ笑いのまま見上げている不遜な野郎だ。 「今年もこのクラスを担当する蓮見だ。1年間無事に過ごさせてくれ。頼むぞ」  去年も実は1年D組を担当したから、このメンバーとは2年目になる。問題を起こしてD組に落とされてくる奴は何人もいたが、留年者を一人も出さずに進級できたのは奴ら自身の協力体制の賜物ではあるのだ。  だからこそ踏まえて挨拶してやったのに、すかさず日達が爆笑しやがった。 「スミさん珍しく弱気~」 「合の手入れてんじゃねぇよ、日達」  まったく締まらないこと甚だしい。  D組はその構成メンバーの特殊性から授業形態も特殊だ。通常の時間割りに加えて学力の底上げのために補習授業に優先的に参加できる権利がある。  最初はそんな補習授業を不良たちが受ける訳がないと教職員も一般生徒も消極的だった。蓋を開けてみれば驚異の出席率。  理由はその補習の授業方法にある。  通常であれば壇上の教師から学ぶべき内容を一方的に叩き込まれ、学生はそれを理解しながら必死に付いていく。  一度に40名近い生徒に均一に物事を教えるのだから致し方ないことだ。  補習授業は主体が逆転する。  基本は自習。不明点は手の空いている教師や成績上位の学生バイトにマンツーマンで教わるのだ。  成績上位者は人に教えることで理解が深まるため、むしろバイト志願者が多いのも特徴だ。  バイト代など学内でのお手伝い故に労働基準法に照らさない小遣い程度だが、誰からも不満が出たことがない。  この取り組みを仕掛けたのは、俺が生徒会長をしていた同時期に風紀委員長を務めた柚栖の兄、柚蘿(ゆら)だった。先日同窓会で会った時には、今でもその補習が変わらず続いていることを話すと嬉しそうに笑ったものだった。  学期初日の今日は、この補習の受け方や会場案内が必要で、これは他のクラスでは細かな説明をされないため、今日は全員出席してもらう必要があったのだ。受講希望者数も確認しておく必要があったからな。  補習授業自体は出席自由で1日からでも参加可能なのだが、教える側の人数を揃えるために事前におおよその人数把握は必要だったから。  ちなみに、学生バイト側は教員からのスカウト制だ。 「今年も補習授業は開催される。受講希望者は今週中に俺のところまで申請に来い」  勉強したいと思うことが不良にとっては恥ずかしく思うものなんだそうで、大っぴらに挙手を求めてもここではほとんど申し出がなく、そのまま諦められてしまうものなんだそうで。  これは今まで補習授業に参加してきた代々の生徒が声を揃えるように教えてくれたことだ。何せ当事者の言うこと。信憑性は勝手に分析する教師の戯れ言などよりよほど高い。 「今年の時間割と担当教師は今から配るプリントにまとめてある。英語が今年新任の先生だ。頼むから先生を虐めるなよ」 「えー。生意気な野郎なら知らねぇよ?」 「熱意ある新人さんの心を折ってくれるなよ。先生も人手不足だ。こんな山奥に教えに来てくれる奇特な先生は少ないんだからな」  D組の教科担任はとにかく定着率が低い。真面目に取り組む姿勢をカッコ悪く思う不良たちだからこそ。授業妨害も珍しくない。  とはいえ、集団には不良に分類される人間が一定数いるものだ。ここでやっていけないならどの学校に行ってもやっていけないだろうけどな。

ともだちにシェアしよう!