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ホームルームを終えると、教室内やら廊下やら職員室やら古典科準備室やらと、よく探してくるなとむしろ感心するほど至るところにクラスの生徒が押し掛けてきて補習の申請をしていった。
日達の他に不良チームのトップが勢揃いした2年勢は、近年屈指のレベルで荒れたクラスのはずなのだが、結果は申請数100%。バイト増員も視野にいれるべきだろうか。
その補習授業の学生バイトには、放送部長の高柳 も含まれている。今年3年生で、昨年は同学年の補習を担当していたのだが、1つ下の学年に異動を希望していた珍しい奴だ。
ホームルーム後の事務処理も終えて打ち上げ会場に向かうと、その高柳が何故かカフェの玄関前で待っていた。
「どうした、高柳。先に始めてて良いと言ってあっただろ?」
打ち上げの開始予定時間を少し過ぎていて、もうとっくに始めているだろうと思っていたのだが。
待っていた高柳は困惑の表情だ。
「せやかて、用意されとった料理がごっつ豪華なんやで。センセのポケットマネーやて聞いてたさかいに恐なったんや。センセに確認してからにしよ、てなってん」
「豪華?」
元々食べ物の用意は頼んであったから用意されていたというのに違和感はないが。値段は交渉して安めに抑えてもらって、学生に人気のメニューを用意してもらったはずなのだが。
良い家柄の子息なので彼の豪華という発言は発言以上の豪華さ具合が読み取れる。
が、高柳を伴って会場入りして納得した。この短時間によく食材を調達できたな、と感心する。予定されていたメニューを確認して少し変更してくれたのだろう。
「新しい理事長のご厚意だ。今日の話をしたら出資と参加に名乗り出られてな。学校経費だから遠慮なく飲み食いして良いぞ」
心配そうにこちらをうかがっていた参加生徒たちに聞こえるように声を張って説明すれば、頑張りを理事長という権威に認められた喜びもあって全員の表情がぱあっと華やいだ。
まぁ、雇われの身で金持ち坊っちゃんの胃袋を満足させようなんて無理な話だったよな。
「せやったら、謎もとけたところで好きなだけ楽しませてもらおーや。ホレホレ全員グラス持ちやぁ! お疲れさん! 乾杯!!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
ノリの良いところは部活動ならではというか部長の影響というか。さすがに学生主体では酒もないが、いつの間にか用意された炭酸のグラスを持たされて乾杯に参加させられた。
それからは生徒たちが順番待ちの勢いで俺に乾杯求めて殺到してくる。それに答えながら一人一人労ってやれば、みんな笑顔で満足そうに去っていった。
一通り捌けたところを狙ってやってきたのは、裏方に回って不良たちを見張っていてくれた風紀委員の副委員長だった。
2年D組所属赤阪大悟 。つまり俺の教え子だ。
「これ、うちの委員長から差し入れです。先生にって」
トン、と音を立てて手近のテーブルに置かれたのは日本酒の四合瓶だった。銘柄は聞いたことがないもので、おそらくはどこかの地酒。純米大吟醸だそうで。
「高校生から酒を貰うとはなぁ……」
「委員長の親父さんご推薦の逸品なんだそうです。私情で迷惑かけてるから、って言ってました」
どうぞ遠慮なく、と勧められて遠慮もできずに受け取る。直接ではなく人伝に渡されたこと、それにそれを送ってきた人物の立場も考慮すると、遠慮する方が相手に失礼になることは分かるから。
なにしろ彼が委員長と呼ぶ相手は風紀委員長ただ一人で、それは極道の家に生まれた御曹司なのだ。
しかしそれにしても。風紀委員長といえば転校生の取り巻きの一人と目されている人物だ。その人がこちらの動きをハッキリと把握し礼を渡してくるというのは、違和感以外の何物でもない。
「風紀委員は委員長の不在を受け入れてるってことか?」
「へ? ……あぁ、先生気づいてなかったんですね。あれ、半分は仕事ですよ。マリモの同室者の護衛なんです」
委員長などという役職持ちが当たってるのは私情も絡んでますけど、風紀はみんな応援してますから、なんて笑う姿は副委員長の肩書きに相応しい頼もしさだ。例え真っ赤に染めた髪にピアスじゃらじゃらの耳でも。
そんな内情の暴露をどこで聞いていたのか、背後から荒ぶった鼻息と共にここ最近で聞き慣れた声が突進してくる。
「なんやそれ、なんなん! ちょお、そこんとこkwsk!!」
「おいこら、腐男子自重しろ」
「いやいや無理やん! 王道アンチクンの取り巻きに堕ちたかに見えた強面イケメン風紀委員長の秘められた片想い! しかもお相手は隠れ美人の巻き込まれ平凡クンやなんて、コレに滾らんでおられたら腐男子返上やで!!」
「返上しとけよ、人間として」
確かに腐男子だからこその無駄知識にはずいぶん助けられてはいるが。付き合えば付き合うほど、人として何か大事なものを犠牲にしているように思えてならない。
本人がそれで満足しているようだから、積極的に更正させようとも思わない。とはいえ、教え子として心配ではある。
こんなハイテンションな腐男子に気後れしたようで、赤阪は引きつった笑みを表情に浮かべていた。
気持ちはわかるぞ。
「せやけど、理事長さん交代で巻き込まれクンもでっかい後ろ楯できてんし、そろそろ護衛も要らへんようなるんちゃうか?」
「理事長が変わったことで転校生の周りに何か影響でもあるのか?」
言及する高柳に首を傾げる赤阪。教職員ですら昨日知ったばかりの理事長交代からその背後関係を掴む情報通な高柳に、俺も舌を巻く。
確かに、5年前の生徒会長とその家族関係を知っていれば結び付く事実ではあるが、恐らくまだ高柳並みの情報通でなければその後ろ楯には気づかないだろう。
今問題を学園内に振り撒いている元凶である転校生、能代愛生 の学生寮でのルームメイト。名を篠塚柚舞 といい、名字と似通った名付けから分かる通り、柚栖と血の繋がった弟なのだ。
理事長の実の弟に暴行を加えようなどと無謀にも程がある。まともな神経があれば、誰でも分かる図式だ。
過去の生徒会長やその家族構成など興味もない赤阪は、その人物相関図を聞いて納得の表情を見せた。
「その事実を噂かなんかにしてそれとなく流せば、マリモの同室者クンも守れますね」
「せやかて、避けられるんはそれでも親衛隊からの制裁くらいやで。マリモに引摺り回されとる現状までは打破でけへん」
現状がどれだけテンプレートに沿っているのか知らないが、状況の推移をまるで予言者の如く言い当ててきた腐男子の懸念だ。それもそうですねぇ、と赤阪も頷いた。
それにしても、マリモとはスゴいネーミングセンスだ。
ほとんど接点のない高柳と赤阪が揃ってマリモ呼ばわりするのは、対転校生派に既に浸透した呼称だからなのだが、言い出しっぺは高柳を中心とした腐男子たちだった。どうも、あのマリモ頭もテンプレート通りであるらしい。
あのアフロヘアな鬘に瓶底レベルの分厚い眼鏡はだいぶ奇抜だと思うのだが。
「委員長のターゲットが能代じゃなく篠塚なら、委員長に篠塚ごと委員会室に戻って来てもらえば良いんじゃないか? イジメの懸念がある生徒を保護する目的で風紀委員の庇護下に置くのは、書類さえ揃えれば簡単だぞ。寮室も移動できる」
どうだ、と目の前の二人を見やれば、初耳だと言わんばかりにポカンとした表情を揃って見せていた。
高柳はともかく赤阪がその手段を知らないというなら問題だと思うが。
「なんだ?」
「そんな救済制度、ありました?」
「俺の時代に作ったんだ。無くなってもらっちゃ困るな」
そう。あれは今ほどイジメが社会問題に発展していなかった頃だ。
家格の違いや本家分家などのしがらみから生徒間の人間関係は実に複雑なのは昔からこの学園に根強く残った問題だったが、俺が生徒会長、柚蘿が風紀委員長をしていた時代に大問題が勃発したのだ。
とある華族系の家系で本家から1人、分家から合わせて5人が同学年に在籍するという、少子化時代に大変珍しい現象が発生していた。
その家系は本家絶対視を徹底する方針で、分家は余程頭を押さえ付けられていたのだろう。平凡顔で大人しい少年だった本家の子息は親類縁者の目のない学園内だからこそ、ここぞとばかりに日頃の鬱憤を叩きつけるようにイジメの対象にされた。
それが家族の問題で収まればまだ良かったのだが、分家の子息の方が親衛隊ができるほどのイケメン揃いだったせいで学園中を巻き込んだ大問題に発展。
親衛隊からの制裁として当然のように暴力行為が行われては見るに見かねて、被害者の少年を保護するために柚蘿主導で整備したのが、俺がここで口にした保護制度だった。
イジメ被害の事実と解決が難しいと判断するに足るだけの事実関係を添えて風紀委員長の名で学園に申請し、生徒会長、学園長、理事長のうち2名以上の承認を受ければ保護に必要な全権限が風紀委員会に与えられる。
全員の承認が必ずしも必要でないのは、緊急性のある案件であり理事長が不在がちになり得る事実を鑑みた特例だ。
当時の問題は結局彼らが卒業するまで解決できず、最後まで保護されたまま卒業したらしい。少年自身に問題があるわけではなかったからこそ根深い問題だったのだ。
今回の場合、被害者本人にはなんの瑕疵もない上に、能代が向けてくる執着心を断ち切ることができれば解決しそうな話だ。当時よりはずっと簡単で、既に利用可能な制度は確立されているのだから利用すれば良い。
能代から守るために一定期間の保護は必要だろうが、風紀委員長が現場にベッタリという現状からはずいぶんと改善できる。
「なるほど。その保護権が風紀に来れば、部屋替えと委員会室保護ができる寸法ですか」
「そないエエ制度あるん、なして黙っとったんや、センセ」
「委員長も転校生に堕ちたもんだと思ってたんだよ。まず引き離せなきゃ保護もなにも出来ないだろ」
現状ではまだ暴力を振るわれているほどでは無さそうだったのも、理由の一つではあった。
むしろ暴力沙汰から守っていたのが風紀委員長だったのなら、二人とも救出してしまえば話も早い。
「ところで、保護制度の話は風紀委員会顧問からは出なかったのか? 委員長が現場に出る事態なら命令系統が離れるんだから顧問の許可が要るだろ」
「マリモ来てから捕まんないんですよ、あの人。役に立たねぇんでこっちから見限ってます」
「風紀の顧問て芳沢(よしざわ)センセやったやろ。ホスト教師が生徒会やのぅて風紀の顧問やてゆうもんやさかい、ガッカリしたもんやわ。マリモの担任でしかもご贔屓やで?」
いやいや、教師が学生の取り巻きやってるなんて前代未聞だろ。しかも、俺の担任だったこともあることから分かる通り、四十路に足を踏み入れた歳なんだが。
そもそもそんな年齢ではっちゃけた服装と派手な茶髪な時点でどうかと思う人ではあったが。一応職務上は教員として頼ることのできる人であったはずなのだ。
「問題は、学園長が承認するかどうかやね。生徒会長は代理印不可やろ?」
「生徒会顧問自ら説明付きで申請すれば嫌とは言わないだろ」
「王道通りやったら、マリモの叔父やで? しかも溺愛系や」
……は?
「普段の言動から語彙力ないのんは疑いようないし、あれで編入試験満点やなんてあからさまに詐欺やん。裏口決定やろ」
「時期外れに入学が決まったのは学園長の鶴の一声らしいですからね。学園長の縁故だろ、ってのが俺らの中では暗黙の了解になってますよ」
「マリモがちょ~っとおねだりでもしたら、一旦ハンコ捺させたかてナンボでも覆るわ」
裏口入学とは聞き捨てならないが、言われてみれば確かにと思う節はいくらでもある。
昨年度の学年末試験はインフルエンザで別室試験だった能代は、編入試験の成績が満点だったため全教科満点でも誰も物言いを入れなかったが、こちらの満点はカンニングもちらっと疑ったのは事実だ。恐らく、試験監督を引き受けた養護教諭は買収されたか脅されたかしたのだろう。
約1ヶ月程度とはいえ、昨年度末の授業は授業中も学内を練り歩いて遊んでいて、授業には一度も出席していなかったそうだ。
教師の俺よりも学生の二人の方が詳しいというのも、自身の職務怠慢を疑えてショックではあるのだが。
「なら、生徒会長を捕まえた方が早いな」
「委員長には今夜にでも相談してみますよ。動くなら早い方が良いですから」
委員長もきっと喜びますよ、とにっこり笑う様子は、正義感の強い真面目な生徒に見えるんだがな。なんでこれでチームの特攻隊長なんてやってるのか。
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