6 / 30

 開始の時間に間に合わなかった放送部員や風紀委員、その他善意で協力してくれた面々が三々五々集まり全員揃った頃、今回の打ち上げパーティー出資者が見計らったようにやってきた。  高校生の頃でも優等生から不良まで可愛い系でもイケメン系でも満遍なく大人気の美人生徒会長だった彼は、大人の色気まで備えてますますグレードアップしている。会場の生徒たちが騒ぐのも無理はない。  妬けるのは否定しないがな。  強請られて出資者として挨拶に引っ張り出された柚栖は、入学式の時とは違ってざっくばらんな挨拶を口上に乗せた。  自らの過去話で興味を引き、当時も生徒会顧問だった俺の株を上げてくれる。  その上で、現在生徒会を代理運営している俺とその手伝いをしてくれた彼らを大袈裟なくらいに労い、理事長として今後の勉学環境の改善に全力を尽くすことを誓ってくれる。  肩書きもなく権限もなく、それでもそれぞれが出来る最大限で協力してくれた彼らにとって、その努力を評価し酬いてくれる大人の存在を確認できることは何より嬉しかっただろう。  学園内で現状を憂いかつ解決のために目に見える行動を起こしているのは残念ながら俺一人。見返りなど期待出来なかっただろうから。  実際には、教職員たちも大半は気にしていたものの、ことなかれ主義の前理事長が手出しを禁じていたために何も出来なかったのだが。  それも、理事長職の交代間際で不祥事はゴメンだという日和見が原因だったのだろうと想像がつく。  生徒会顧問という肩書きがあったからこそ咎められなかったものの、俺でさえ理事長、学園長、教頭の3役には生徒の自主性がどうのと苦言が呈されていたものだ。 口出しする権限もない他の教職員では免職(くび)覚悟も大袈裟ではないだろう。  今後は理事長権限という武器にも期待できる。  なんとか1学期後半に予定されている体育祭の準備が始まる前に生徒会を正常化したいものだ。  ある程度理事長登場の余韻が冷めた頃、先程まで注目の的だった彼がそっとこちらへやってきた。  皿には料理が大盛りになっていて、そのさりげない手腕に感心する。いつ料理を取っていたのだろう。 「主役は満を持して登場する、ってか」 「現状把握に手間取ってただけなんだけど。待たせた?」 「用意してあった料理からグレードが上がってたから少し戸惑いはした」  事前に何も聞かされていなかった変更だったことを愚痴ると、へにゃりと申し訳なさげな表情を見せて肩をすくめる。  そんな仕草も随分オトナっぽくなったなぁ、と思う俺は比例してジジくさいか。  しかし、今頃現状把握でしかも手間取っているということは、引き継ぎできてないんだな。 「学内の現状なら説明できるぞ?」 「うん。学生側は蓮見先生に頼る気でいっぱいだから。手もたくさん借りるからよろしくね」  ということは、生徒会の職務放棄以外にもめんどくさい問題が潜んでいるのか。  学生時代も含めれば通算20年以上世話になっている学園だが、長く歴史を積めばそれだけ膿みも貯まってしまうのかもしれないな。悲しいことだが、それが人間社会ということでもある。 「理事会か?」 「蓮池(はすいけ)が今だいぶブランド力落ちててね。盛り返すか他家に追いやられるか微妙なとこなんだよ。足の引っ張り合いでゴタゴタしてる。ほら、蓮見が倒れた時に一切の手出しをしなかったじゃない? あれで、分家の危機を見殺しにする薄情な家ってことで信用を一気に無くしたのが今になって響いてきてるみたいなんだ」  おや、それは初耳だ。  話題に上った蓮見というのは、名字から予想できる通り、俺の生家のことだ。  事業の失敗と日本全土を襲った不景気から立て直すこともできずそのまま倒産し、経営者一族は一家離散の憂き目を見た。  もう10年近くも前の話だ。  当時大学生だった俺も突然路頭に迷ったわけだが、既に大学に在籍中で好成績を保っていたお陰で、途中から奨学金を受けられて大変助かった。  もしもあの時高校生だったら進学は諦めてたかもな。  あれから10年。一応家族もそれぞれに再建したらしく、兄貴も両親も小さいながら会社を興してそれなりの収益をあげているらしい。  余裕のできた兄貴からは俺も雇われてないで商売すれば良いと笑われたものだ。  その蓮見家は、旧財閥系の蓮池家の分家という位置関係にある。経営していた会社も実は蓮池のグループ企業の一つだった。  それが、事業が傾いた時に不景気対策として事業見直しの名の元に実質投げ捨てられたわけだ。サービス業で隙間産業だったせいもあって買い取り手も付かなかったと聞いている。  切り捨てられたことが、事業の立て直しではなく事業縮小の上犠牲となる範囲を最小規模に抑えての倒産を選んだ理由ではあったので、なかなか良し悪しの見当が付かないが。 「確か、今の生徒会長が蓮池でしょ? もし余裕がありそうなら気にしてあげてもらえる?」  親の人間関係が生徒間の人間関係に直結する特殊な環境の学園であるだけに、実家の弱体化が在学している生徒に影響を及ぼすことは充分に考えられる。  理事長の立場から生徒会顧問として依頼されたと受け取って、了解を返した。 「しかし、なるほど。あいつが転校生に堕ちたのはそれが原因か」  生徒会長の蓮池飛鳥(はすいけあすか)は遠い親戚の縁で個人的に良く知っている。  不潔だわ煩いわ不真面目だわ暴れん坊だわと良いとこなしの転校生に、通常の思考力があれば堕ちるような人間ではなかったはずなのだ。  それが生徒会の仕事もそっちのけで取り巻きに甘んじているのだから、背景となる事情を鑑みれば現実逃避したかったのだろうと予想もつく。  生徒会顧問として身近にいた身としては、相談して欲しかったとは思う。知らない仲ではないのだし。 「家がどうだろうと、自分の人生は自分で決めなきゃね、とは思うけど。高校生には難しいかな」 「本家の一人息子だからな。勝手な期待も誹謗中傷も集中砲火だ。それでいて、父親はワーカホリック気味で家庭を省みないし、母親は生粋のお嬢で世間知らずだからな。家の後継も自分の将来もとなれば、一人じゃ厳しいだろ」 「さすが親戚、よく知ってる」 「学生バイト感覚で家庭教師してたからな」  ちなみにそのバイトも、一家離散して奨学生生活をしていた頃だ。  普通に家庭教師のバイトをするよりは多少上乗せされたバイト代で、生活費の工面には大変助かったのは確かだが、実家を見放した本家でもあるから俺としては内心複雑だよな。  家庭教師自体は親戚に他に適齢の子がいなかったために本家からの強制でやらされていたものだが、相手は小学生となれば大人の事情に振り回すわけにもいかず、こちらの心情などお構いなしに居丈高な振る舞いで対応してくる奥方様には訪問するたびにネチネチとイビられ。  就職してバイトを辞めた後は一切の連絡を断った俺は悪くないと思う。  そうして不義理にしたからこそ、俺に頼れなかったのかも知れないが。 「うちのせいで面倒かけて、悪かったな」 「分家断絶してる蓮見は無関係だよ。亨治は気に病まないで。手が借りれるところは遠慮なく頼むし」  ね、と可愛く強請られれば二つ返事で了承してしまう。職場の平穏のためだし、生家とそれに連なる親族の問題となればいくら末端とはいえ知らん顔もできまい。  彼に遠慮会釈なく振り回されるのを嬉しく思う程度にはベタ惚れだしな。 「けどさ、亨治サン。いくら顧問だからって、ただでさえ忙しい春休みに生徒会業務まで代行するとか、頑張りすぎ。さっき聞かされてびっくりしちゃった。ただでさえD組の担任で負担かけてるのに。ちゃんと寝られてる?」 「寝ずに激務こなせるほど若くねぇよ、もう」  寝る時間ギリギリまで仕事詰めなのは確かに否定しないが。生徒会業務もD組の担任も、長いこと蓄積した経験値がある分効率の良い作業ができるから、責務放棄した生徒を探して連れ戻すより自分でやった方が早かったんだ。  次の生徒会業務である交流会は生徒会を無理矢理にも引戻してやらせるけどな。 「そんな年取ったみたいに。まだ20代じゃない」 「ギリギリな。今年の誕生日で30だ」 「え。そうだっけ?」 「お前今いくつだよ。俺は7歳上だぞ」  えー、と疑うように指まで折って数えるのは、三十路という大台にショックでも受けたのか。歳の差は縮まりようもないのだから仕方がない話なんだがな。 「4年待ってなんて、酷いこと言ったんだね。婚期逃させちゃった」 「婚期も何も俺の嫁はお前だろうが。それに、男の婚期なんてまだまだ真っ只中だ」 「僕で良かった?」 「なんだよ。待たせといて振るつもりか?」  本気でそう思うわけじゃないからこそ、軽口でそう咎めてみせる。そんな責められ方に柚栖の方も分かっていてクスクスと楽しげに笑った。  前述のとおり親族関係のしがらみがなくなった俺は、だからこそ俺の将来は彼の都合で決めれば良いと思っている。  俺の気持ちは彼にしか向けられていないし、そのまま一生ものだと思うから。22歳で初恋を自覚して4年放置されても変わらない感情がこの先変動するとはとてもじゃないが思えないからな。  だから、本当に言葉通りに振られるのだとしても恨み言を言う気もないし、別れても思い続けるだけだろう。  勿論、納得できる理由でなければ別れ話に応じる気もないが。 「俺はお前のモノだろう? それで充分だ」  俺の選択は、彼の在学中に倫理観も無視して手中に納めた、その時点で済んでいる。後は彼が一切を決めれば良い。 「僕も、貴方のモノだよ。それだけは、死ぬまで変わらない」  だからこそ、4年待った。待たせることに不安もなかった。  まだまだ青春真っ盛りのくせに俺なんかに自らすすんで捕まって、ホントに良かったのか。なんてことも思わなくもないけれど。  言葉も少なくそっと寄り添ってくる彼の腰を抱いて、こっそりと苦笑を漏らす。  目の端に萌え悶えている高柳が見えた気がするが、今はまだ無視しておこう。

ともだちにシェアしよう!