9 / 30

 サボっていた間の作業の引継ぎやらなにやら伝えることは多く、資料の現物があったほうが説明しやすいため、生徒会室に移動することになった。  学園内は、早々に切り上げた2年D組以外はまだホームルームの最中で、廊下に人影はない。  ないはずなのだが。  生徒会室のある東棟に足を踏み入れた途端だった。 「あーーーーーっ!! 飛鳥、見つけた!!!」  なんちゅうデカイ声で叫ぶんだ、このお子様は。  渡り廊下を挟む分距離があるとはいえ、ホームルーム中の近隣クラスに迷惑極まりない。  バタバタと派手に音を立てて廊下を走ってくるそれは、真っ黒なもじゃもじゃ頭に目元から上頬まで覆い隠す大きさの曇った眼鏡をかけた、どんだけ顔隠したいんだとツッコミたくなる外見のちびっこだ。  というか、その明らかに度が入っていない眼鏡はむしろ目を悪くしそうなんだが。  その後ろから、生徒会役員メンバーをはじめとする取巻きたちが追ってくる。落合と柚舞くんが見当たらないので、無事に逃げおおせたのだろう。  それにしても、総勢10人弱の取巻き全員よりも足音が大きい一人というのはどんな原理なんだろうか。靴にスピーカーでも入っているのか。 「飛鳥、どこ行ってたんだよ!! 探したんだぞ!!」 「あぁ、悪ぃ。野暮用でちょっとな」 「いいぞ! 謝ったから許してやる!! それより、ゆーま見なかったか!? 探してるんだけど見つかんないんだ!!」  デカイ声で上から目線、廊下は必ず走り、粗野で暴力的、取巻きの他に自分の引き立て役を一人常につれ歩く。  腐男子高柳と同好の仲間たちから聞かされたアンチ型王道転校生のテンプレートなんだが、見事なまでに則っている。それこそ分かっていて準えているのではないかと思うほどに。  これが、昨年度末にやって来た転校生、能代愛生だ。  どんな化学変化が起きればこれに恋心を抱けるのか、俺に誰かレクチャーしてくれ。  柚舞くんを風紀が保護する事は他言無用ときつく飛鳥に言いつけておいた甲斐があって、愛しの片想い相手に問いつめられても飛鳥はそれを自然にすっとぼけて返した。  あんな平凡知るか、と。  恋人の弟であるだけに平凡呼ばわりは許容しがたいが、今は聞き流してやるとしよう。 「あ! ハスミも一緒だったのか!? いつもどこにいるんだよ! センセがサボってちゃダメなんだぞ!!」  いやいや。昨日の入学式仕切ってただろうが。そっちこそサボりか。  取巻き連中は、同調半分困った顔半分といった具合。同調しなかった奴らは出席していたんだろう。 「お前らこそホームルームはどうした。イベント委員押し付けられるぞ」 「野蛮のD組と一緒にしないでいただきたいですね、蓮見先生。いない人間に、ましてや他に役職のある者に了承も得ずに押し付けるような常識知らずは我々のクラスにはいませんよ」  ふん、と副会長が鼻で笑う。確かに常識的にはその通りなのだが、こうして安心してサボっている彼らや今日のD組の出席率を照らすと一概に頷けない。  それ以上に、役職持ちを自覚しながらサボっている彼らはそもそも論外なんだがな、常識的には。 「余裕ぶっこいてるようだがな。いい加減仕事しろ」 「してますよ、失礼な」  いつだ、いつ。春休み前からお前らの筆跡を見てないぞ。  呆れて飛鳥を見やれば、何故かこちらも驚いていた。副会長がそこまで堕ちているとは思っていなかったんだろうな。  そもそも、おそらく最近の生徒会を回していたのが俺だという事実は飛鳥以外は知らなかったのかも知れない。  やれやれ、これはどうしたものか。  その俺と副会長のやり取りを訳が分からない様子で見比べていた能代が、ようやくどちらに付くか決めたようで腰に手を当てて俺を睨み上げてきた。 「ハスミ、失礼だぞ! 優之介は仕事してるって言ってるじゃんか!! 言いがかりなんて最低だ! 謝れよ!!」  これに対して副会長以下生徒会役員は感動の表情で能代を見つめる。  どんな茶番劇だ、アホらしい。 「何でも良いがいい加減にしとけ、お前ら。能代、篠塚は良いのか?」 「あ! そうだった!!」  促されればあっさり流される鳥頭は扱いやすくて良いな。  じゃあな、と手を振ってやっぱり走って去っていく能代と取巻きたちを見送って、あっという間に見えなくなった奴らから飛鳥に視線を戻し。 「ホント、お前。あれのどこが良いんだ?」 「素直ではっきりしてるところ?」  あぁ、能代唯一の長所か。 「プラマイ逆転できるほどの長所とは思えねぇけどな」  はぁ、とため息混じりに気のない返事が返ってきたのは、少しは夢から覚めたと思って良いだろうか。 「無理してまで頑張らなくて良いんだ、って諭されてその気になった。アイツの破天荒ぶりが面白くて目が離せなくてな」  生徒会室で俺と書類の署名をもらいに来た落合相手に飛鳥が懺悔を口にしたその内容は、追い詰められていた背景も加えて鑑みれば理解できなくもないものだった。  理事長の交代に先立って理事会が招集された先で気不味い思いをしたらしく、両親からの期待と叱責が過剰化していたところに、転校生に真っ先に惚れた副会長を皮切りに役員が次々に堕ちていって業務を放棄し、最後まで残っていた飛鳥の負担が耐性分を超えていたようだ。  つい最近までの自分の姿を振り返って恥ずかしそうに項垂れる飛鳥に、俺も落合もかける言葉が見つけられない。 「顧問でありながら察してやれなくて悪かったな」 「俺も。篠塚の護衛でそばにいたんだから話くらい聞いてやれば良かった」 「いや、助けを求めなかった俺が悪いんだ。言われなきゃ普通分からないよな」  三者三様に反省点を述べあう。端から見たら間抜けた光景だろうな。まぁ、生徒会室になんて誰も来ないが。  しかし、だ。 「で、生徒会どうするんだ? お前だけ戻ってもまたストレス溜めて繰り返すだろ」 「……はぁ」  残念。無策か。  まぁ、今朝までやる気のなかった飛鳥に策を即行で思い付けという方が無理だな。仕方がない。 「説得して連れ戻すか、お前以外リコールするか、会長権限で解散再選挙にするか。選択肢はこのくらいだ」 「「解散再選挙?」」  おっと。現役二人にハモられた。  就任時に説明したはずだが、覚えることが多すぎて近年に事例のないこの仕組みは覚える余裕がなかったのだろう。  生徒会と風紀委員は、不良チーム合わせて数えて三大勢力と並び称される。  不良チームは出入りに制限がなく、風紀委員は委員会なので頭数が多く権限は少ない。最大の権限を持つのが選挙でその権限を得る生徒会だ。  この組織には、不祥事に備えて解散の仕組みが4つ用意されている。理事長からの罷免、風紀委員会が発議できるリコール、本人の辞任、そして生徒会長権限による解散。  今回のように会長と役員の間に重大な齟齬が発生した際に、選出した生徒たちにもう一度信を問う制度だ。  過去の生徒会が自ら進み出て作った仕組みだそうだが、なんでも、総理大臣にあって生徒会長にないのはおかしいだろう、というのがその発議の動機だったらしい。なんとも分かりやすく若者らしい。  この4択。それぞれに、彼らの身の振り方が変わってくる。  理事長による罷免や生徒主導のリコールの場合、彼らのその後の待遇は最も厳しく、内申書にも響いてくる。職務放棄なのだから当然だろう。  反対に、辞任や解散では自らの都合による任期中の辞退扱いになるため、何の不都合も発生しない。再選も勿論可能だ。  今回の場合、生徒会長が職務に復帰しようとしているのだから前者の選択はありえない。  仕組みが作られた経緯と意義を説明したら、二人にはなかなか好評だった。さして仲も良くないくせに、それ良いな、と顔を見合わせて頷きあうくらいには。 「てか、先生物識りじゃね?」 「元生徒会長なめんな」  先生になってから生徒会の仕事に関する知識なんてひとつも増えてない。そもそも前任者からの引継ぎすらなかった。  生徒側の仕事は一巡しているから大体分かるが、顧問の仕事などはさすがに分からなくて最初は四苦八苦したものだ。 「で、解散で良いのか? 選挙のために大体2週間くらい生徒会業務がストップするからな、良く考えろ」  学年交流会という生徒会イベントがゴールデンウィーク中の中日を狙って予定されている。遠距離を帰省する予定の学生以外は参加、という緩い参加義務があって、これは教職員は一切関わらない。  D組は例年サボり確定なのだが、今年はトップが面白がり屋の日達だし、どうだろうな。  強制イベントではないため、今年は無し、という決定も可能ではある。  ただその場合、今期の生徒会に無能のレッテルが貼られるのは避けられないだろう。  そろそろ準備を始めないと間に合わないし、解散して新生徒会が企画を引き継ぐには準備期間が足りなすぎる。良く考えろ、とはそういう意味だ。 「あと1週間考えさせてくれ。まず役員を連れ戻す。その間に企画は進めるし通常業務も片付ける」  いやいや。抱えすぎて二の舞になるだろ、それ。  同じ事を思ったらしい落合も呆れた表情だ。  だが、その言葉には続きがあった。 「ついては、落合に頼みがある。風紀から何人か人を借りたい。あと、志雄(しお)にも手伝ってもらいたいんだが、亨治さん、口説くの手伝ってくれねぇ?」 「志雄?」 「高柳志雄だ。放送部部長の」  あのごちゃ混ぜ関西弁腐男子の事だった。名前を呼ぶほどの仲だったとは知らなかった。 「口添えくらいはしても良いが、現状大分見限られてるぞ?」 「分かってる。新歓でも迷惑かけたし、せめて礼くらいは言わせて欲しい」  礼はまぁ、確かにな。新歓も高柳がいなかったら開催できたか怪しいところだ。たっぷり感謝してもらおう。 「だそうだぞ、高柳」 「いや、いやいや、ちょお、そこでコッチ振るん!? ソレ引き受けな、ワイの評価駄々下がりやん!」  廊下に聞こえた声でどうにも気不味い話をしているのに気づいていたらしい高柳が、申し訳無さそうに入ってくるのに気付いていたから話を促してやれば。  驚いた様子で振り返った飛鳥と落合の注目の先で、左手の書類を胸に抱き締めてくしゃくしゃにしながら弱ったように頭を掻く高柳がそこにいた。

ともだちにシェアしよう!