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折しも曜日は金曜日。
夕飯を共にと約束してあったので待ち合わせた食堂3階の受付に時間5分前に到着すれば、既に待っていた柚栖が嬉しそうな満面の笑みで迎えてくれた。
この学園の食堂は3階建てになっている。
大部分は吹き抜けの大ホール。その一角に調理室があり、調理室の上は大ホールを見渡せるテラス席だ。王道学園らしく役職持ちの専用席とされている。ただし、この専用席は教職員も利用可能。
そのホールでない階層構造部分に3階が作られていて、完全予約制の個室になっていた。誕生日などの特別な日を祝うためや、デートの一助として利用されている。
個室はシェフお任せのコース料理限定提供で、その分割高のため満室になることは滅多にない。コース料理とはいえ、フレンチ、イタリアン、中華、会席料理の4択くらいはあるが。
これの費用は昨日の打ち上げで使うはずだった予算をそのまま回した。自分の方が高給取りなんだし、と柚栖は膨れっ面だったが、再会後初回のデートくらいは見栄を張らせてもらった。
しかし、フレンチのフルコースなんて何年ぶりだろう。高校以来かもしれん。
「書類はさっき学園長に手渡してきた。理事長に根回し済みだと脅してあるからすぐ柚栖まで回ると思うが、どうだろうな。それと、理事長承認が取れたらすぐに効力を持てるように準備させてる」
「なら、すぐに連絡してあげて。他ならぬ可愛いうちの柚舞くんのことだもの、早く安心させてあげたい」
食事を進めながらも話す内容はまったく色気がない。折角のデートなのにやれやれだな。
弟思いの発言を受けて風紀委員のグループトークにゴーサインを送ってやれば、落合と赤阪と他何名かの風紀委員からハイテンションの返答が速攻で返ってきた。スマホの前で正座待機でもしていたのだろうか。
そこまで思って、大分高柳に毒されている自分にガックリする。正座待機などと、明らかにネットスラングだ。高柳が言う全裸待機よりはましだと思いたい。
「ひとまず今夜は委員長の部屋に匿うそうだ。他に風紀委員2名も泊まり込むらしい」
「え? 風紀委員長だけで良くない?」
「アレは柚舞くんに片想い中。両想いになるまでは二人きりでの寝泊まり不可、ってのが風紀委員の総意だ」
「それはそれは、お気遣いありがとう」
兄弟の色恋沙汰には口を出さないのは篠塚家の方針のようで、柚蘿も柚佐も学生時代にあれだけ乱れた性生活をしていたのに家族黙認だったらしい。
それは柚栖の考え方にも端々に表れている。現在嵐の渦中にいる柚舞くんに恋のお相手という話にも関わらず、そこは考慮の範囲外とばかりにさらっと受け流された。
柚栖自身が高校生の時分に教師と不適切な関係にあったことで、苦言を自重しているとも取れるが、実際のところはどうなんだろうか。
ひとまず今現在手を尽くせる懸念事項は片付いた。この週末はアレコレ放り投げておいて、柚栖との時間を取り戻そうと決めているのだ。面倒な話はこれで終わりにしておこう。
「そういや、先月柚蘿に会ったぞ」
「あぁ、同窓会だったんだってね。兄さんに聞いた。僕の消息を誤魔化すのに苦労した、って愚痴付きで」
「やっぱり誤魔化されてたのか。アイツの近況を尋ねるとどうしても篠塚の家の話に流れるだろ? どうにも無理矢理話題を避けられた感があってな。弟の元彼って立場だから気不味いんだろうとは思ったんだがな」
「元彼って……。僕は一度も別れたつもりはないからね!」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
「むぅ~」
分かりやすく幼いくらいの態度で膨れっ面を見せる柚栖が可愛らしい。惚れた相手だけに贔屓目はあるが、それを差し引いても可愛い系の外見は大人っぽい成長を上手に取り込んでなお健在だ。
篠塚家の4兄弟は、上2人はダンディーな父親にそっくりなイケメンに、下2人はいくつになっても若々しい美少女系な母親にそっくりな美少年にくっきり分かれている。
性格も外見に応じてそれぞれにそっくりで、上2人は俺様オラオラ系、下2人はおっとりした甘えん坊だ。いや、甘えん坊は歳の離れた兄に溺愛された弟気質か。
潜在能力は兄弟全員が恐ろしいほど高いのだが、国際的大企業経営者の父親に院卒天才型研究者の母親ではさもありなん。
学生時代である現在まで何の肩書きも持たずに過ごしてきた末っ子の柚舞くんも、定期試験後の貼り出し順位表は首位独走だ。むしろ何故目立たないのか不思議で、その手腕に尊敬の念を抱く。
そんな兄弟と、家格は落ちても対等に付き合いを続けてもらえているのだから、有難い話だ。
その篠塚家3男に生まれた柚栖は、学園生徒会史でも数える程しかいない抱きたいランキングからの選出生徒会長だった。
そうそう、余談だが。うちの学園は王道学園らしく抱きたい抱かれたいランキング上位者が生徒会役員を務める。俺も柚佐も抱かれたいランキング上位故に生徒会長を担った。俺の代は首位が柚蘿だったんだが、既に風紀委員長だったために次点の俺にお鉢が回ってきたわけだ。閑話休題 。
抱きたいランキングに数えられることから容易に予測がつくように、在任中も実は常に貞操の危機にあった。俺と柚栖が恋人同士である事実が学園内で暗黙の了解になっていたのは、そうして俺の存在を背景にちらつかせることで柚栖の貞操を守る目的があったためだ。
おかげで、昨日今日と古株の先生たちからのからかいにずっと晒されていて、内心ぐったりしていたりする。
柚栖の顔を見るだけで随分回復したけどな。我ながら雑作もない。
「でも、嬉しいねぇ。あのおっとり柚舞くんに恋の予感かぁ」
「委員長、恋だの何だのアプローチは奥手っぽいから気付いてない可能性もだいぶデカイぞ?」
「いやいや、片恋されてたら気付くよ、柚舞くんだもの。案外敏いんだよ、あの子」
本人も満更でもないんじゃないかな、と柚栖は自分のことのように嬉しげだ。ということは、俺はそれを応援して良いのだろう。
他に学内の面白い話を強請 られて、柚栖が留守にしていた4年分のネタを披露する。3年生の秋まで生徒会長をしていた柚栖だから下2学年は知らない対象ではないし、その下の2学年は知らない対象だろうが属人情報まで付けてやれば伝わるだろう。
柚栖の後を継いだ生徒会長と風紀委員長の新聞部に張り付き取材をされて一部始終を学内に知られているケンカップルの顛末とか。
可愛がっていた後輩たちの話題だけに柚栖は大爆笑だ。あの2人はどちらも俺様な性格だからどちらも引くことが出来なくて両片想いのままバタバタしたんだ。
3年前他校から転職でやって来た新任の先生が委員会のない校則に驚いて再結成運動を展開し、当時の生徒会と大激突するに至った経緯とか。
校則を変えた張本人が柚栖だから、少し申し訳なさそうだ。それでも大人に負けることなく、勝ち取った部活動部員の権利を守りきった後輩たちを褒め称えたい。
当時も俺が担任を務めた不良チーム総長日達の天下取り騒動記とか。
1年生の1学期でトップに躍り出たのは学内を震撼させた出来事だった。その勢いで一般生徒まで手中に収めるつもりかと警戒されたのだ。あの日達がそんな面倒なことをする訳がない。
日達の背後に落合と俺の存在があることは意外と知られていない。俺が担任をしていて行きすぎた非行を許す訳がないし、本職の家系を隠さず取り締まる側の当時学年代表だった落合を差し置いてトップを取るのには、それなりの根回しが済んでいるのは当然なんだがな。
それから、現在まで続いているあの転校生の話も。
今年の年明けまでは普通だった。イベントの多い2学期と違い3学期は生徒会活動も日常業務プラス卒業生送別会の準備くらいしか仕事がない。
11月の学園祭後に会計決算を経て生徒総会を終えてから行われる生徒会役員選挙、といっても抱きたい抱かれたいランキングの投票なのだが、これによって引き継いだばかりの生徒会役員にとっては、日常業務を覚える期間に当てはまる。
その猶予のある期間に時期外れにも程がある転校生だったから、生徒会役員も他の一般生徒も新たな話題に飛び付いたのは無理もないと思うのだ。
きっと、新ネタに一時浮かれるくらいだったら誰も何とも思わなかったに違いない。問題は、あの不潔極まる身形とD組の連中でもしない授業中の迷惑行為、それに大勢の有力生徒が引っ付いていくホイホイぶり、それと、鼓膜の心配が必要なほどの大声。
有力生徒が彼に惹かれて行ってしまったことについては、そのファンたちは確かに面白くないだろうが学内全体を敵に回すまでには至らない。その人数が多い点についても、無視できない割合ではあろうがそれでも一部だ。
それよりも問題は本人の振舞いなのだろう。独自の正義感を振りかざし、傍若無人な自らの振る舞いを遠い棚の上に放り投げて他人を大声で公衆の面前に晒して糾弾し、持論が通らなければ暴力に訴えるのも辞さない。
ここまでなら、歴代の俺様何様生徒会長たちにも見られた傾向ではある。
かく言う俺自身も身に覚えがある。こんなに酷くはなかったが、それなりの信念があってそれなりの求心力があってそれなりの実行力がなければ、こんなやりづらい学園のトップになど立っていられない。
しかし、転校生能代愛生はここまでに止まらないのだ。気に入った相手や他人のモノすら欲しがる独占欲は、まるで青い猫のロボットでお馴染みの国民的アニメに登場するガキ大将そのまま。さらに、他人の言葉には耳を貸さない、というか都合の悪い言葉は自然にスルーという独自のフィルターを装備している。
幼稚園児でもここまで酷くないと思うのだがどうだろうか。
救いといえば、単純明快な思考回路とぶれない正義感だろう。勧善懲悪理論を素で信じている。他人に唆されても悪事に手を染めないその正義感は、唯一最大の美点かもしれない。
しかし、どれだけ隔離された社会で王子様な育ち方をすればこうなるんだろうか。謎すぎる。
「春休みに帰省してきた柚舞くんが、最近同室になった転校生が夢の国の王子様過ぎて疲れるって愚痴ってたけど、王子様見解は亨治も同じなんだね」
あのおっとりさんが疲れると発言したことに兄弟も驚いていたらしい。
それよりも、特待生と同条件待遇により一人部屋の権利を持っているはずの柚舞くんに同室者が出来た事実も問題だったようだが。
他の兄弟や血縁者もそうなのだが、創始者一族特権が篠塚家にはある。
柚栖の曾祖父にあたる人物が一族の次代を担う子供たちに必要な教育を、が最初の理念で創設された学園で、だからこの学園は篠塚家に家格の近い家柄の子弟が通う学園になったのだ。
そのあるべき権利を阻害されたのだから、篠塚家から正式に抗議があってもおかしくない話で。柚舞くん本人が同室者の受け入れを許可したから今日まで公の問題になっていなかっただけで、そもそもから大問題だったわけだ。
「それで、更正の余地はありそう?」
「4月を待たずにあの時期に転校してきた経緯と背後関係がまずネックだな。本人は授業に出席してないから素地がさっぱり見えん。あれだけ取り巻きがいるんだから誰か常識教えてやれば良いんだがな」
まずは状況分析から。渦中にいた飛鳥をひとまず引きずり出せたから、突破口は出来た。なにもかも、まだまだスタート地点だ。
「背後関係はこっちで調べるよ。昨日の生徒たちの話だと、裏口入学の疑いがあるんでしょう? 学園の不祥事になっちゃうからね」
胸を叩いて頼もしく引き受ける姿勢を見せる柚栖が、微笑ましく思えるのはやはり年下で庇護相手の認識がある故か。相変わらずおっとり可愛らしいせいなのか。
立場と学園の現状から、なかなか色っぽい話にならないのだが、今だけはまぁ、仕方がない。
大人の時間は食後のお楽しみだ。
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