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週があけて月曜日。
何? 朝チュンか、だと?
可愛い柚栖の痴態など誰が見せてやるものか、馬鹿者め。
それはさておき、翌週月曜日だ。
担任を務める2年D組の教室に、机がひとつ増えていた。赤阪と日達に挟まれて、背後にはチームの副長だという弓削 が控えるという豪華包囲網の中心にいたのは、柚舞くんだ。
さすが篠塚家の血筋というべきだろう。こんな恐ろしげな面子に囲まれていながらまったく気後れしていない様子は、いっそ天晴れと称賛すべきだ。
「で? 篠塚はD組保護になったのか?」
「正式なクラス替え要請は委員長から出すそうです」
肯定ついでに更なる事実が提示される。総長自ら隣でニヤニヤしているのだから、受け入れ態勢はクラスの総意と見て良さそうだが。
「確かにD組なら匿えるだろうが、正式に異動となると変な勘繰りが出るぞ。一時避難で良いんじゃないか?」
「それだと特別扱いだってんで親衛隊が黙っててくれないんですよ。クラス落ちなら処分相当だから奴等も納得するだろう、って委員長と篠塚本人の判断なんです」
むしろ変な勘繰り上等ということか。
見た目は処分でも実際にその事実はないから柚舞くんの経歴に傷も付かない。変に勘繰る下世話な連中には言いたいことを言わせておけば満足するだろう。そういう意図を読み取った。
D組異動を正式に決定する前に柚栖には根回ししておこう。
「よし、じゃあ、仲間がひとり増えたところで出席とるぞ。いないヤツは手ぇ挙げろ。はい、欠席なし。今日から授業開始だ。お前ら初日からサボるなよ。出席点不足で留年とかカッコ悪いからな。補習授業は来週から開始される。参加するヤツは放課後教室に残るように。篠塚も先生役だからな、大事に守ってやれ。以上、今日も1日頑張れよ」
はい、おしまい。D組のホームルームでダラダラ喋ってると雑談始められて重要な連絡事項が伝わらない事態が起こる。それゆえに、ホームルームは大体1分で終了が目安だ。残った時間は彼らの遊び時間になる。
普段ならそのまま教室も出てしまうのだが、今日はそういうわけにもいかない。
「柚舞くん、放課後古典科準備室な。落合と一緒においで」
「おんやぁ? なによ、スミさん。篠塚のこと名前で呼ぶ仲だったの?」
耳敏く聞き咎めてきたのは日達だが、赤阪もきょとんとした表情だ。柚舞くんは素直に頷いてくれて、それから俺が答える前に自分で返した。
「柚蘿兄……うちの長兄の親友さんなんですよ、蓮見先生。それに、柚栖兄の恋人さんだから他人じゃないですし」
「篠塚、敬語不要」
「あ。ゴメンね、弓削くん」
大型ワンコ属性の弓削に咎められてふんわりしょんぼりと謝る柚舞くん。何このほのぼのとした空気。癒される。
って、いやいや、その前に。柚舞くんさらっと問題発言してくれたんだが。
「なんだよ、スミさん。恋人いるのか」
「……いちゃ悪いか」
「うんにゃ全く。俺とスミさんの仲で秘密とか水臭ぇなと思っただけ」
「どんな仲だよ」
そんな気心知れたような仲になった覚えはないぞ。
この学園には、古典担当教師が3人いる。各学年1人ずつの割り当てだ。
なのだが、古典科準備室を拠点にしているのは俺1人で、他の2人は職員室を利用していた。
頻繁に職員会議があるので移動が面倒なのに加え、国語科長の根城が職員室だから国語科会議も職員室隣の会議室を使うことが多く、そちらの方が教室にも近くて便利なのだ。
他2人とも定年間近のじいちゃん先生だから仕方がない。
というわけで古典科準備室を1人で広々と使っているわけだが、何故だか今日は稀にみる人口密度だ。
何しろ呼んだ覚えのない奴等までいる。
椅子も足りないため、正規の招待客以外は自分で椅子を持ち込まさせた。
集まってきたのは、呼び出した柚舞くんと落合、生徒会室から逃げてきた飛鳥と高柳、暇つぶしといって押し掛けてきた日達と弓削。それと、飛鳥から呼び出された生徒会役員のうち素直に応じた会計の鐘崎 だ。
何故飛鳥が呼びつけ先をここに指定したのか実に疑問なんだが。
ちなみに、生徒会室は現在能代に占拠されている。「飛鳥は頑張りすぎだから俺が休ませてやるんだ!!」だそうだ。丸々1ヶ月も休めば充分だろうと思うがどうだ。
まずは人口密度過剰の現状を打破すべく、一番関係ないD組代表の2人を追い出してみるか。
「で、日達と弓削は何の用だ?」
「あ、センセ、そん人ら追い返したらアカンで。同席してくれるよう頼んだん、こっちや」
思わぬ所から注釈が入った。そういうことだ、と2人ともドヤ顔で頷いている。
そしてもう1人、訳知りらしく申し訳なさそうに眉を垂れ眉化させた人物が目の前にいた。はっきり関係無さそうな落合だった。
「赤阪経由で頼んだのは俺です。すみません。そこのチャラチャラしたガキのお目付け役が必要で、蓮池に相談されまして」
「それで何で日達?」
「俺でも良かったんですけど、別件の用事があるじゃないですか。手が足りなかったので代わりを頼んだんですよ」
何やら返答の的が外れているのだが、わざとらしすぎて反対に意味を察してしまった。つまり、鐘崎を大人しくさせるために威圧役が必要だ、という意味なのだろう。何故だかはよくわからないが。
「そんなに睨まなくても暴れないよぉ?」
語尾をだらしなく伸ばしたユルい口調が鐘崎の特徴で、高柳にいわせればチャラ男会計そのものなのだそうだ。下半身のユルさはない分マシだが、日常的なサボり癖と何事にも本気にならない適当さに周りが振り回されているのは否めない。
そういえば、学外で夜の街に幅を利かせているとかなんとか噂が立っていたように思う。日達たちを同席させたのはその警戒のためか。
不満げに文句を漏らす鐘崎に、飛鳥が深くため息を吐いた。
「信用されたいなら日頃から真面目にやっとけ。そろそろ仕事に戻ってこい、鐘崎。愛生にも飽きた頃だろ」
「ん~、めんどいんだけどぉ。いーじゃん、まだ忙しくないでしょ?」
「忙殺されとるわ、ボケ。今仕事しとんの、会長だけやねんで」
「そのカイチョーさんだって愛生にべったりだったじゃんかぁ。そもそもぉ、アンタ部外者じゃあん?」
「会長から正式に協力要請もろて手伝ってんねや、部外者やないで」
「春休み合宿終わったから秋山 も戻ってくるだろうが、夏休みまでは部活優先なんだよ、アイツ。御薗 かお前、せめてどっちか戻ってきてくれれば高柳に手伝ってもらう必要もないんだがな?」
「え~。だったらミソノっちに戻ってきてもらいなよぉ」
「仕事する気ぃがないんやったら辞任しぃや。他に有能な人間いっくらでもおんねんで」
「えぇ、待ってよ、それはちょっとダメぇ。うちに監禁されちゃうよぉ。も~、しょーがないなぁ」
むぅ、と膨れっ面ながら、どうやら仕事に戻る方向で話が付いたようだ。
別に日達は要らなかったんじゃないか、と思うんだが、念を入れる意味と考えれば備えあればなんとやらか。
日達と弓削も同じ考えだったようで、立ち上がるついでに座っていた椅子を持ち上げた。
「用が済んだなら引き上げるぜ、センパイ」
声をかけた相手は落合だった。あの日達がセンパイ呼ばわりということは、指示を聞いてやろうと思える程度には認めた相手なのだろう。
声をかけられた側も爽やかな笑顔で返している。意外に似合うな、その表情。
「おう、ありがとな。例の件も頼むぜ」
「赤阪が頼むから手伝ってやるだけだ。学園内が騒がしいと俺らも安心してふざけてらんねぇからなぁ」
「あぁ、それで良いさ。助かる」
例の件とは何ぞや。
それにしても、風紀委員長と不良の総長の間で依頼関係が成立するというのも珍しい。少なくとも過去20年近い学園生活の中ではじめて見る光景だ。歴代の両者はずっと敵対的関係が続いていたからな。
ちなみに風紀委員長経験者の柚蘿曰く、風紀委員も荒っぽい奴が多いからほとんど縄張り争いなんだけどな、とのこと。野生の猿か。
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