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大柄な日達と弓削が退室すると流石に多少部屋が広くなる。許諾無く勝手に生徒会分室化してくれた飛鳥と高柳は、口先だけでも仕事に戻ることを約束した鐘崎に正規の仕事ついでに引継ぎをしていて、その一角が賑やかだ。
そもそも、今期の生徒会は会長の蓮池飛鳥、副会長の御薗優之介、会計の鐘崎充希 、書記の秋山哲治 、庶務の鵜山時雨 と氷雨 の双子の計6名で運営されている。
このうち、あらかじめ夏休みまでは週一で、長期休暇は休み、と申請があって正規の手続きを踏んで役員業務を休んでいるのは書記の秋山だけだ。剣道部で主将を務める3年生の彼は、夏休みのインターハイに向けて部活優先が決まっているのだ。それまでは生徒会業務はそれほど忙しくないので許可してある。
それ以外の副会長と庶務については単純にサボりだ。とはいえ、庶務の業務は基本雑用なので、こちらも繁忙期以外は不要で、自由にしていてもまだ飛鳥や俺の招集範囲外だ。
後の問題は副会長の御薗だが。こちらはどうにも厄介だ。先週会った時の反応から見るに、能代にべったりな様子は変わらなそうだった。
だからこそ、あの時後ろでニヤニヤ笑って傍観者然としていた鐘崎をまずは呼び戻したのだろう。飛鳥も落ち着いて判断させれば有能なのは間違いないな。
一方、俺はようやく本来の客である落合と柚舞くんに向き直ることができた。
あちらの押し掛け組は無視するとして、インスタントで申し訳ないが、二人にカフェオレをマグカップたっぷりに作って振る舞ってやる。
ペットボトルが何本か入るくらいの小さな冷蔵庫には牛乳パックと自家製冷茶のストックを入れてある。なにしろ第2の自室だからな、飲み物くらいは自由に出来る環境必須だ。ちなみに、冷蔵庫も隣の電子レンジも俺の私物だ。
香りだけは本格派のカフェオレに口をつけてホッと一息つく。と、俺のホッコリのため息に柚舞くんのそれがタイミング良く重なった。
驚いてそちらを見やれば同じようにこちらを見ていて、それから柚舞くんが恥ずかしそうにふにゃりと笑った。
柚栖と同系統の彼がそんな表情をすると可愛くて仕方がないのだが。どうしてくれよう、この義弟。
「で、D組に異動で本当に良いのか?」
柚栖にはメールで確認をしているが、やはり問題児でもない学年主席がD組というのは違和感がある。それをいえば、日達、弓削、赤阪というチーム3トップもそれぞれ学年20位以内をうろうろする学力ではあるが、あれらは確実に自他共に認める問題児だ。
問われた柚舞くんも暫定保護者の落合も揃って頷くので、話はついているのだろう。
「今回の保護申請について、申請書にも添付しましたが、寮部屋の変更と勉学環境の改善、それと昼休みや放課後の風紀室保護を範囲にしています。その勉学環境の改善の一環で、クラス替えで行方を眩ます方向で検討した結果、うちの副委員長が在籍していて教室も隔離されているD組案が出まして。篠塚も問題ないとのことだったのでその方向で動いています。これがクラス替えの申請書です。風紀の顧問が捕まらないので蓮見先生に代理印をいただきたいのですが」
という経緯だそうだ。
風紀も本人も納得していて異動先の友好的受け入れ姿勢も鑑みれば、問題は他に思い当たらない。
風紀顧問と生徒会顧問は互いに代理印の押印権利を持っている。そこに前提条件も不要だ。最終的な判断は理事長に一任なので、監督責任者の記録でしかないからな。
「こっちは寮部屋変更申請か。寮監に相談は済んでるのか?」
「特待生用の1人部屋が今年から1つ空いたそうなので、そこに引っ越すことになりました。荷物を移動するのに、能代と鉢合わせないようにどうやるか、今検討中です。当面の生活に必要なものは持ち出せているので、書類上の承認がおりればすぐにでもカードキーの書き換えをしてもらう予定でいます」
流石に行動が早い。感心してしまった。
と、向こうで生徒会の仕事をしていたはずの高柳が声をかけてきた。
「カードキーの他に何かアナログな鍵も付けといたほうがえぇで。王道クンならマスターキーくらい持ってそうや」
久しぶりに腐男子からの助言らしい。
確かに電子錠なのでマスターキーもあるが、理事長、学園長、教頭の3人しか保管しておらず、普段使いのカードとは別管理が徹底されている。全寮制だからこそ、プライバシー保護には気を遣っているのだ。
それを、能代が持っているとは考え難いが。
「蓮見センセ、甘いわ。仮にホンマにあれが裏口入学なんやったら、それ仕組んだ大人が特別扱いせぇへん保証はどこにもないで」
「しかもお前が怪しんでるのは学園長だったな」
「王道通りやったら理事長の甥っ子やけど、理事長交替してもデカイ顔したまんまやし違うやろ。なら次に怪しいんは学園長やで」
本当に高柳の推理が的中しているなら、という大前提があるが、確かに警戒しない理由もない。
だそうだぞ、とこちらに振ってみれば、柚舞くんが神妙な顔で頷いた。
「兄さんたちに相談してみます」
「裏口入学疑惑なんてあったのか。気付かなかった。風紀でも調べてみるか」
「やめとけ、落合。そこは大人の仕事だ。変に首突っ込めば無い腹を探られかねない」
生徒会の手も離れそうだしな。柚栖には着任早々の大問題だが、こちらを優先で手を貸してもらおう。
そんな話をしていると、柚舞くんが何やら不安げに首を傾げていた。
「もし本当に裏口入学だったら、退学になっちゃうんですか?」
なっちゃうのか、ということは、そうなってほしいとは思っていないのだろう。ここにいる全員が何かしらの理由で能代に関係していたので他人事ではないらしく、生徒会組含め注目を浴びてしまう。
確かに少し考えるところはあるのだが。
「裏口入学が事実だとしても、罪を問われるのはそれを画策した大人であって能代本人に償うべき罪はない。せっかくこの学園の生徒になったのだから、一人前に成長して卒業できるようサポートするのが教員の務めだな。とはいえ、高校は義務教育ではないのだから人として求められることはいちいち指図して教育するなんてこともしない。普通に普通を求めて返されなければそれなりの手段を講じるまでだ。今のまま遊び呆けて教員の指示も無視しているようだと、将来的に留年や退学もありえる」
何も特別扱いはしないし、特別に厳しく罰することもない。当たり前の話だ。
小中学生ならば教師から厳しく手取り足取り指導もあるのだろうが、ここは高校である。生徒を一個人として尊重するかわりに一人前の常識的な行動を求めるのは当たり前のことだろう。
問答無用で排除するわけではないことに安心したのか、柚舞くんがふわっと笑った。こんな笑顔は兄弟全員がよく似ている。
まぁ、上2人のふわっとした笑顔は超レア物だけどな。
「なら、大丈夫ですね」
「心配したのか? 迷惑だっただろうに、優しいな」
柚舞くんの反応に感心したように感想を述べるのは、隣でそれを見ていた落合だ。
どんな相手でもその人物の事情に目を向け対処する姿勢を取るのは篠塚家の家訓に書かれているのではないかと思うほど皆同じだ。
その兄弟全員と関わりのある俺が影響を受けないわけがなく、そのおかげでD組の担任を苦もなく務められるのだからありがたいとすら思っているが。
まだまだ偏見が先にたつ年頃の落合は、生家の影響からか不良チームには寛容だがやり過ぎがちな親衛隊には容赦ない処罰を与えるので、一般生徒には無駄に怯えられている委員長様だ。能代の行動についてはその寛容さが働かなかったとみえる。
「確かに能代くんはとても強引だし人の話を聞いてくれないし、僕には合わないタイプですけど。根本的に悪気のない人ですし、特別に厳しくする必要はないと思うんです」
現段階で退学処分相当な問題行動は見られない。柚舞くんだけの問題でいっても、間接要因であることは間違いないが、柚舞くんからの感情はひとまず置いておくとして、友だちだからいつも一緒にいたいと思う気持ちが行動に表れているだけだということは分かるのだ。
ただし、時と場所を考えろ、とはいえる。
友だちだの親友だのと能代が本気で考えてそう口にしているのは分かっているため、柚舞くんも無下にすることもできず今まで引きずられてしまったのだろう。そこは想像に難くない。
それならそれでもう少し思いやって行動しろ、と思うのだが、それができるならばミスターKYの汚名はそもそも着ないな。
「悪気がないから余計始末が悪いんだ」
「未就学児と思えば腹もたちませんよ?」
「高2相手に未就学児って、篠塚も案外毒舌なんだな」
上手くツボに入ったのか、落合が笑いをかみ殺しながら感想を述べる。その向こうで、高柳は大爆笑。
そういえば、能代を転入当初から園児と表現していたのも腐男子たちだったな。
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