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 その夜、当たり前のように俺の寮部屋に帰宅した柚栖に今日の出来事の話をした。  柚舞くんのクラス替えに、裏口入学疑惑の話も。  疑惑とはいえ、確証も何もない。先週も話題に上がっていて柚栖にも認識されているものの、今のところ反転校生派の妄想の域だ。 「状況判断だけとはいえ、疑いを持つに足るだけのモノがあるんでしょう? 調べてみて本当に天才児だったってオチに期待したいところだけど」 「勉強のできるバカか? お前そういうの嫌いだろ」  テストはできるが一般教養も常識も生活能力もない人間というのも世の中にはごまんといる。むしろ高学歴を鼻にかけるようなヤツに多い。  柚栖は勉強もできるし生徒会長として慕われるだけの社交性もあれば家事も完璧にこなすタイプだ。それゆえに、勉強のできる頭脳があるのに考える力を生活に活かさない人間が嫌悪対象なのだという。  そこもまた人それぞれ向き不向きがあるだろうから、一概にはいえないものの、確かに俺も学力のある世間知らずは肌に合わない。 「で、その子は勉強できるの?」 「編入試験と昨年度の年度末試験は満点だったな」 「スゴいねぇ。俺も定期試験で満点なんて1度しか取ったことないよ」 「……むしろ1度でもあることに驚いたぞ。いつだ?」 「中2の2学期中間。でもあの時は平均点自体も高かったし、満点僕だけじゃなかったし」  高校生時代なら俺も知っているはずだからその前だとは思ったが。次の期末は反対にむちゃくちゃ難しかったんだよ、などと柚栖は楽しそうに懐かしそうに笑った。  とはいうものの。能代の満点が疑わしいものであるのは変えようがない話だ。本人の筆跡なので疑わしきは罰せずの方針から今のところ咎められていないものの、むしろ模範解答丸写しを疑われるレベルで迷いの痕跡や欄外計算のメモなども何もない。  俺自身は昨年の教科担任に当たらなかったため伝聞でしかないが。 「去年の編入試験の答案なら保管されてるはずだし、明日にでも見てみようかな」 「理事長とはいえダメじゃねぇか、それ」 「定期試験はともかく入試の試験用紙は学園所有だよ。亨治も見る?」 「連絡くれ」 「ダメ出ししといて見るんじゃない」  くすくすと楽しそうに笑われた。そうは言われても気になるものは仕方がない。 「再教育するにしても現状把握は必要だからな」 「再教育は家庭の仕事だと思うよ?」 「その家庭に任せといたらこうなったんだろ。せめて無関係の一般生徒に迷惑をかけないレベルにしないとこっちが面倒だ」 「迷惑? 一人で暴れてるだけじゃないの?」 「生徒会巻き込んでな。役員どもが仕事をサボってるのは役員側の責任だと思ってたんだが、まるっきりそうというわけでもなかったらしい」 「仕事サボるのは自己責任でしょ?」 「それがな。自分の取り巻きがそばから離れると学園中探し回るんだ、アイツ。で、見つけたら『友だちのそばから離れたらダメだろ』って大声でお説教。生徒会室に隠ってれば押し掛けてきて居座るんだぜ。それでずっと遊ぼう遊ぼうと誘惑の嵐だ。そりゃ仕事もできねぇわ」  ちなみに情報源の大部分は飛鳥と高柳の愚痴だから信憑性も高い。  そんな説明を聞いて柚栖も唖然としている。 「高校生……」 「だから、未就学児。柚舞くん評」  俺だけではなく溺愛する弟の名前まで出て、柚栖は改めて呆れたため息を吐いた。 「精神科医も探そうかな。発達障害とかならうちみたいな一般校は手に負えない」 「人並みの生活は出来てるんだし、それはないんじゃねぇ?」 「障害者だってピンキリなんだってよ。大学で知り合った友だちの義理の妹さんも、小学校までは普通に通えたけど中学から支援学級だったって言ってた」  昔なら分かりやすい知能障害児はともかく軽度の障害がある程度なら変わった子扱いで排除されたものだ。能代もそれに当たると言われれば否定の材料がない。  今では精神障害者にも理解が深まっておりそれにともなって学校側も多様な対応をしている。まずは専門的に検査してみよう、というわけだ。 「軽度の発達障害だと大人になるまで気付かないケースも珍しくないらしいからね。もしやと思ったなら念のため検査してみるのも有効な手段だよ。それで異常なしと診断されるなら、それこそスパルタ教育しちゃえば良いし」 「保護者に訴えられると面倒だ。ほどほどにな」 「必要な教育も施さずに蝶よ花よと育てるのも立派な虐待なんだよ」  そう言い放ってニヤリと笑う柚栖は、実にイイ笑顔だった。やり手評に偽りなさそうだ。 「ところで、さっきからなにやってるの?」  ひょい、と手元を覗き込んでくる。  夕食の材料片手に押し掛けてきた柚栖に手料理を振る舞われて、食後のコーヒー片手に話していたところだった。  俺の手元には小型のノートパソコンが置かれてある。話しながらでは作業もできずさっぱり進んでいないのだが。 「来週からの補習授業のお知らせを全クラス対応版で作ってる」 「補習ってD組限定じゃなかったっけ?」 「C組から参加希望が上がってるんだよ。2年はD組の問題児率の高さゆえにC組の平均成績が例年より悪い傾向にあってな。授業だけじゃ理解できないらしい」  なにしろ、チーム上位3役含めて学年50位以内に入る学力の生徒がD組の半数以上を占めている。  D組の定員オーバーのせいで、成績下位者の中から順にC組に繰り上げ配属になってしまっているのだ。そのため、本来ならD組に所属し補習で底上げを必要とする生徒がC組に回ってしまっている事態だった。  そこで、他のクラスでも希望があれば補習に参加できるように制度を改正することが今日の職員会議で決定した。  ただし、開催場所は従来と変わらずD組の教室を使用するため、C組以上の生徒はそこまで足を運べる度胸が必須条件だ。  その募集要項を記載したプリントを全クラスに配布できる形に焼直しする作業の担当が俺に回ってきた。そもそも2年の問題児率が高いことが原因だから、彼らの担任である俺に白羽の矢が立つという。  偶然の産物であって俺自身に責任はないと思うのだがどうだ。  まぁ、お知らせのプリントは基本的に定形だから中身を書き替えるだけで大した仕事でもない。  すぐに済む仕事だと判断したらしく、飲み終えたマグカップを2つ持ってキッチンに入っていった。食後の皿を洗ってくれるらしい。  高校生だった頃から甲斐甲斐しく色々手をかけてくれる可愛いヤツだが、たまには俺も任せっきりではなく何かしなくちゃなぁ。家事を分担する意識のない亭主関白になってしまいそうだ。

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