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4月といえば、どこの学校でも行われるであろう行事がある。体力測定と健康診断だ。
内容は身長や体重などを測定する基礎検診と内科医の問診、体育館を使っての体力測定で、記録用紙を持って好きな順番で巡って全部済ませろ、というシステムになっている。
俺は第一体育館で垂直跳びと握力測定の監督が担当だ。どちらも一人辺りの所要時間が短い分回転が早く待ち行列も短い。
一応、1年生は健康診断、2年生は体力測定、3年生は問診からと最初の行き先だけ割り振ってあるため、午前中は第一体育館には2年生ばかりだ。
その中に能代の姿はない。生徒会役員などの人気者は一般生徒と一緒にすると大騒ぎになるから保健室と会議室という別室でまとめてやる、と言葉巧みに誘い出した。
例年、そんな特別待遇はない。能代に精神科の検査を受けさせるための方便だ。巻き込むことになるため飛鳥には事情を話してあるが、生徒会役員は人身御供である。
唯一、実は能代と全く面識がないらしい書記の秋山だけは通常通り一般生徒と一緒に会場を回っている。
そうそう。2月末から実家に帰っていたり春休みは部活の合宿だったりと不在にしていた秋山は、今週から無事に生徒会に復帰している。
仕事の溜まった現状を知ってもっと頼ってくれと飛鳥を叱ったらしい。部活動優先の事情も生徒会の仕事に余裕があるからこそ取れた特別措置だったのだが、そんなに忙しいならもっと早く戻ってこれた、とのこと。
授業と部活動の行来で終始する生活だと学校の噂話などにも疎くなるようだ。
現状、夏の大会に向けて部活動も疎かにできないため、隔日で週3日、放課後の2時間だけ生徒会の仕事に参加することで話がついている。秋山が戻ったことで高柳も生徒会業務から解放され、生徒会活動もだいぶ通常化してきたようだ。
とはいえ、1学期は体育祭、2学期は文化祭と大型イベントが控えている。それまでには全員呼び戻さなければ厳しいことに変わりはない。
それに、いい加減に生徒会室も取り戻してもらわないといけない。古典科準備室が仮生徒会室化しているが、このままだと中間試験の試験問題があの部屋で作れないではないか。
さて、話を元に戻そう。
体力測定はグループで回っている生徒はグループ内で記録を確認しあうように指示しているため、グループを作れず一人で回っている生徒の手伝いが教職員の仕事だ。
なので、確かに基本的に暇なのだが。
「なんかねぇ、最近総長恋患いしてるらしいんだよぉ」
「そうそう、タメ息ばっか吐いてなぁ」
「さっさとかっさらってきちまえば良いのに。総長らしくもねぇ」
「蓮見センセもそう思わん?」
確かに暇なんだが、世間話に付き合ってやる義理もないんだがな。
こいつらは、髪をカラフルに染めて制服を大々的に着崩した、2年D組の生徒たちだ。つまり、俺の教え子。Tシャツ短パンにジャージ着て来いと指示しておいたのにまったく。
「どうでも良いがお前らそれで体重計乗るのか? 制服のズボン重いだろ」
「やっだ、蓮見センセってば。女子高生じゃねぇんだから体重なんか気にしないよぉ」
「1キロや2キロくらい誤差でしょ、誤差」
良いんなら別に良いけどよ。
「体力測定は全部終わったのか?」
「まだぁ」
「あとは、反復横跳びと踏み台昇降が残ってる」
「行列長くてタリィんだもんよ」
だるくてもなんでも並ばないと永遠に終わらないと思うんだが。あと、少し邪魔だ。
「で、恋患いの相手は誰なんだ?」
「……先生、意外とちゃんと聞いてんのな」
教師の情報源は基本的に生徒の世間話だ。気になる話の端をキャッチすれば掘り下げたくなるのは人情というものだろう。
ましてや、あの日達の恋愛話だ。男として独り立ちできているヤツの話ならば単純に娯楽として聞ける分気楽なものである。
「それがねぇ。どこの誰さんか知らないらしいんだよ」
「この辺の人らしいよ」
「普通の男なのになぁ、って自分で不思議がってちゃ世話ないよな」
「もだもだしてて見てて楽しいんだ」
普段からクラスメイトを率先してふざけている姿を見せている日達は、他クラスからは不良のリーダーと恐がられているものの、同クラスのメンバーからは気安くイジラレているキャラクターでもある。そんなリーダーの色恋話となれば彼らにも格好の娯楽なのだろう。
しかし、どこの誰か分からないということは外部の人間に一目惚れでもしたのだろうか。
「あ、そういや先生なら知ってんじゃね?」
「古典の準備室で見たって言ってた」
「会計さん叱ってたんだってよ」
「会計っていや、神奈川でデカいチームの副総長張ってるとかって有名じゃねぇか。そんなヤツ叱り飛ばすとかすげぇ度胸だってうっかり男惚れしちゃったんだって」
それはもしや、高柳か。確かにあれだけキツい関西弁喋る生徒は学内では彼だけだ。この辺の人といえばそうかも知れない。厳密にはこの近辺ではないだろうが。
一目惚れなら仕方がないが、アイツの趣味を知ったらその恋も冷めるんじゃないだろうか。
これはちょっと見物かもしれないな。思わずにやける。
「あれ? 先生悪い顔してる」
「知ってるの?」
「あぁ、知ってるぞ。教えてやるからちょっと伝言頼まれてくれ」
高柳の趣味を逆手に取ってからかえる日が来るとは。生徒の無駄話にはのっておくものだな。
高柳のクラスと肩書きと名前、それに伝言も伝えれば、何ソレ面白いと大ウケした後で彼らは早速それを伝えるために体育館を出ていった。
日達と俺の関係性を把握している高柳ならその入れ知恵が俺の仕業だともすぐに察知して愚痴でも言いに来るだろう。結果が楽しみだ。
いや、可愛い教え子の恋が実ることを祈ってもいるがな。
カラフルな4人組を送り出せば、狙っていたようにそれと入れ違いにやって来たのは柚舞くんと赤阪だった。握力測定の順番待ちをしていたので勿論本当に狙っていたわけではないだろうが。
「蓮見先生、楽しそうですね」
「あぁ、ちょっとな。他人の色恋沙汰は傍観してる分には確かに楽しいと実感したところだ」
「先生、ちょっとソレ悪趣味」
「いやいや。信頼してるからな、アイツらは」
日達も高柳も人間としてしっかり立てるヤツだと信用しているからこそ、無責任に楽しめるというものだ。何か影を抱えている生徒ではこうはいかない。
例えば、この赤阪もそうだ。確かにしっかり者だが、教師全般に対する強烈な反抗心は気になる。こういうヤツは巨大な厄介事を抱えていることが多い。
俺の教え子であるうちに少しは好転させてやれれば良いんだがな。
誰の事かと不思議そうに首を傾げる柚舞くんと、ここ数日の恋患い状態から誰の事か予測したらしい赤阪の呆れた顔に、俺は笑って誤魔化した。
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