16 / 30

15

 相変わらず仮生徒会室な古典科準備室に押し掛けてきて凄い勢いで高柳が苦情を訴えてきたのは、健康診断の翌日、4月第2週の金曜日の事だった。  精神科医の問診の結果、能代の脳機能に障害の疑いは低いとの診断が即日下されて、再教育計画の開始が理事長判断で決定したのが昨夜のこと。これを受けて夕方から臨時職員会議が召集されている。それまでにここに集まった役員たちを追い出さなくてはならないのだが。  全く間の悪い。とは言うものの、そもそも焚き付けたのも俺だと自覚があるからハイハイと聞いてやるしかない。 「確かに腐男子やで! せやけど、自分自身じゃ萌えられへんやんか! なんやの、返事はハイかイエスしか認めへんて、腐男子ご用達用語やん!! そないな萌え台詞、ワイやのうて可愛えぇチワワっ子に言うてや。この際平凡くんでもオタクくんでも腐男子でもえぇわ。ワイは傍観者一択! これ重要!! ホンマどないしてくれんねん! ちょお、センセちゃんと聞いとんの!?」 「はいはい。で、ハイかイエスで答えてやったんだろ?」 「何とかお試し期間で手ぇ打たせたわ。このままのらりくらり逃げたる!」 「日達もあれで本気なんだから、ちゃんと向き合ってやれよ。逃げるくらいなら最初から断っとけ」 「そもそも『ハイかイエス』なんて入れ知恵したん、センセやろ。よぉ言うわ」 「それでもお前ならノーくらい答えられただろう。人に責任押し付けるな。アイツと付き合えと命令してるわけじゃないぞ。ちゃんと考えてやれって言ってるだけだろ」  面白がっているのは隠す気もない事実だが、この高柳と日達なら案外似合いのカップルだと思うんだよな。気が強くしっかり者な分隙が脆い高柳に、不良チームのトップに君臨するがゆえに息を抜ける隙がない日達。まさに破れ鍋に綴じ蓋。  一方の気持ちが固まっているから、後は高柳次第だ。恋愛関係に進むのか道を別つのか。どちらもありだと俺は思っている。男同士だからな。  たくさんの事例を知っている分荊の道であることは承知している高柳は、きっと慎重に考えて答えを出せるだろう。そこは信頼している。  ただその一方で、相手が不良の親玉であることに全く萎縮していない一般人という高柳の存在を、日達がそう簡単に諦めるとも思えないんだが。 「個人的見解をいえば、日達はお勧め物件ではあるぞ。家柄も悪くないし跡取り問題を抱えていないから将来設計に自由がきく。チームの総長なんてやっているだけあって度胸も腕っ節も文句なし。その上成績も学年上位常連ときた」 「一生涯の相手になるっちゅう想定で言うとんの?」 「別れる期限を決めて付き合うくらいなら最初からやめておいた方が良い。日達の心積りまでは聞いてないから知らんがな。同性の伴侶がいる先輩として相談にならいくらでものってやるぞ」 「それは頼もし……って、付き合うこと前提やんか! 危なっ! うっかりのせられるとこやった」  何を言うか。お試し期間中ということはまさしく仮の恋人同士にすでになっているくせに。本物になるのも時間の問題だ。  こうして大騒ぎしている高柳に驚いたままで仕事の手が止まっている生徒会の2人と手伝いの風紀委員が、大きな作業机の向こうで集まってこちらを凝視している。仕事しないなら出て行け、と言いたいところだが。 「亨治さん、同性の伴侶って初耳だけど?」  高柳の恋愛事情よりもその一言が引っ掛かったらしい飛鳥に問い質された。  まぁ、伴侶といっても俺と柚栖の気持ちだけの問題で、正式に何かが繋がっているわけでもないんだがな。 「最近ヨリを戻したばかりだからな。公表してないしするつもりも今のところはない」 「え? せぇへんの? ご家族に反対されとるとか?」  さすが腐男子、食い付いてきた。公表はしないが隠すつもりでもないから、ネタにはなってやらないがな。 「うちは家族ほぼ絶縁状態だし、向こうの家族には受け入れていただけているらしいから、問題があるわけではないぞ。ただ、大々的に公表しなくても良いだろう、ってだけだ」  学園の教職員にも妻帯者はたくさんいるが、それぞれがわざわざ大々的に発表しているわけではない。聞かれたときに答えれば良いだけだ。 「それやったら、せめて結婚指輪くらいして然り気無く主張しといたらえぇんやない?」  指輪か。考えたことなかったな、そういえば。 「あった方が良いか?」 「自分のもんやて宣言になるし、相手さんも喜んでくれるんちゃう? 蓮見センセて意外と朴念仁なんやねぇ」  先程のお怒りから一変、やはり他人の色恋に口を挟むのが好きらしい高柳が反対に相談に乗る姿勢に変わる。お怒りを逸らせてこちらの新しい命題を相談できて、俺としても都合が良い。  そこに口を挟んできたのは風紀委員の染屋だ。不良ルックの多い風紀委員の名に恥じず、黒髪ながらピアスやら指輪やらとアクセサリーをゴテゴテに着けたスタイルがトレードマークの2年生。 「リングだったら日達さんセレクトがお勧めですよ。あの人のセンスは尊敬してます」 「そこで日達かい! ホンマにもう、そこから離れようや」  おやまぁ。振り出しに戻ったな。 「それに、日達が着けとんの、みんなシルバーやんか。マリッジならゴールドかプラチナが基本やで。せやないと着けっぱなしにでけん」 「他人のアクセサリーなんかよく覚えてるな。日達が指輪着けてることすら忘れてたぞ」 「え、や、そら、まぁ。チームの総長とかネタ的に美味しいもんやし、ほら、観察は腐男子の嗜みやし、な」 「なんでそこでどもってるんだよ。やっぱり満更でもないんだろ、お前」 「もー、堪忍してや、ホンマ」  最終的にガックリと項垂れる姿に、先程の大騒ぎは虚勢を張っていたのだなと知れた。これは、ほだされるのも時間の問題だろう。  双方とも可愛い教え子に変わりはない。どちらも納得できる結論が出ればそれで良いのだ。  命短し、恋せよ少年。  見守ってやるくらいしかできないがな。

ともだちにシェアしよう!