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 食事を終えた頃には柚栖にも慣れたようで、落合はいつも通りの俺様気質を取り戻していた。  ずっと借りてきた猫状態は疲れるからな。そもそもおっとり兄弟な柚栖と柚舞くん相手に長時間肩肘張っていられる方が凄いわけだが。  風紀委員長などしていると、学内の事情には自ずと詳しくなるわけで、話題は豊富だ。  教師の立場からでは見え難い生徒たちの青春群像が次々と提供されるのに、俺たちは3者3様に耳を傾ける。  今ホットな話題は、総長の恋愛事情だろう。  隠す気のない日達がぐいぐい迫っていく姿を惜しげもなく晒すおかげで、迫る総長と逃げ腰な放送部長の図が誰の目にも明らかなのだ。  むしろ人目に晒してぐいぐいいけ、と日達を唆しているのは弓削をはじめとする仲間たちや新聞部長を見放して放送部に転部してきた情報屋たちだった。  不良に仲間入りする度胸はないが総長に憧れているファンというのは少なくない人数がいて、日達に直接申請する度胸がないからこその非公認親衛隊となっており、彼らが実は高柳に対して不満を抱く可能性が高いと応援する側の全員一致で懸念している。  そのため、日達の方こそが熱を上げているのだと行動を示すことで牽制にしようと画策した。というのが、日達の行動を煽った理由なのだそうだ。 「高柳だって中等部時代は生徒会役員に選ばれた程度には人気の高いヤツなんですけどね。恋は盲目ってことらしいですよ」  中等部は半寮制で京都市内の繁華街のはずれに立地しているため、そちらの情報は高等部まで伝わってこない。  おかげで俺は全く知らなかったわけだが、中等部の生徒会は単純な人気投票で選出されるため、外見平凡なハイテンション兄貴の高柳も人気者として候補者の一人だったらしい。  飛鳥や落合が高柳を名前で呼んだのも、中等部時代は生徒会仲間だった名残なんだそうだ。 「ということは、落合くんも中等部は生徒会にいたの?」 「いえ、俺は風紀委員です。イベント事などでは協力態勢をとるのでそれなりに気心が知れてるんですよ」  高柳の言う王道学園では生徒会と風紀委員会が犬猿の仲ということが多いらしいが、この学園では協力関係が出来ている。俺と柚蘿の時代に垣根を取っ払って以来変わらない関係だ。  同じ学生同士で同じ環境で同じように責任ある立場に就いているのに、いがみ合っていては足枷になってしまう。お互いのテリトリーをお互いに任せあって意思を共有して学園生活を運営した方が効率が良い。  将来企業経営する立場に就くことが確定しているおかげか、合理主義者が多いのだ。  そもそも社長同士で同族嫌悪があるとしてもそれを圧し殺して上手く付き合っていかなければ会社付き合いが成り立たないわけで、本能の赴くままに啀み合うほど彼らは子どもではない。早い者では親の手伝いとして会社経営の一助をすでに担っている生徒もいるのだから。 「本当は風紀委員に引き込むつもりだったんですよ。アイツの特殊な趣味は風紀の仕事に非常に有用なもので。放送部で忙しいと却下されましたが」 「あの腐った趣味が役になんか立つか?」  趣味って腐るの?と篠塚兄弟で不思議そうにしているが一先ず置いておいて、落合に疑問を呈する。と、落合は落合で苦笑を返してきた。 「志雄経由であの趣味のネットワーク専用の通報用回線を置いてみたら、暴行、制裁、強姦、野外猥褻行為等々の事前摘発率が飛躍的に上がりました。彼らの萌えを求める探求心は定期経路を辿る風紀の着眼点を易々と上回りますからね。手を組んでくれたらこれほど心強い趣味も無いですよ」  つまり、デバガメ求めて三千里、なのか、アイツら。怖ぇ。  一応一般的に認められる趣味ではない認識はあるようで、日常的にオープンに腐っているのは少数派だ。オープン派筆頭は言わずもがな。  そうして秘密にしている趣味だからこそ、摘発すべき現場に出会しても手を拱いて見ているだけしかできなかったらしい。そこで、匿名通報できる口を開けてみた、というわけだ。  せっかくだから、匿名通報回線として一般公開したら良いと思う。悪戯が心配ではあるが、その場合は暴行事件同等程度の厳しい罰則を課してやると脅しておけば良いだろう。  匿名といえど、調べれば分からない訳ではないがな。 「けど、腐った趣味とか断言するなんて、先生も随分と染まりましたね」 「高柳の影響力がデカすぎるんだよ。お前だって違わないだろ」 「えぇ、明らかに志雄の影響なんですけど。赤阪の方がソッチ関係は詳しいんですよ。本人は二次元に興味ないって言ってるんですが、なんでも、中学生時代の親友が高柳並みに強烈だったそうで」 「アイツ、高等部からの外部生だったな。全寮制男子校なんて選んだのはそれが理由か」  学力が足りていて学園に入学できるだけの資金が調達できる立場だったため、親友に強請られたといったところだろうか。  ふうん、と軽い世間話のつもりで聞いていたら、何故か落合は少し深刻そうに表情を改めたのだが。 「その親友を自殺で失ったのが、地元を捨てたきっかけなんだそうです。クラスが違うおかげでイジメを受けていたことに気付かなかった、と悔しそうに言っていました。当時ニュースになりましたから調べれば出てきますよ」  え、と驚いたのは柚栖も柚舞くんも同じだった。  学年が違う落合が護衛できない時は赤阪が代わりに柚舞くんのそばにいるため、柚舞くんにも他人とは思えない間柄であるのだろう。酷くショックを受けている。  落合は続けて言う。 「何だかんだあっても、この学園は平和で良いよなぁ、って赤阪はよく言うんです。腐男子がその趣味を理由に虐められない環境が羨ましい、って。普通の共学校だと、同性愛をネタに楽しむ趣味なんて下世話だとか悪趣味だとか以前に、生理的に気持ち悪いと思われるんでしょうね。うちみたいに同性愛に理解があるっていうか自然とそうなる環境なら、ただの覗き趣味でしかないんですけど」  誰に迷惑をかけているわけでもない。それどころか、結果的に事件を未然に防いでしまっているおかげでむしろ役に立っている趣味だ。  それを、男同士でイチャイチャするとか気持ち悪い、という理由だけで人を自殺に追い込むほど攻撃する。どちらが悪か、考えるまでもない。  放っておけば彼らに被害もないだろうに、何故わざわざ出向いていって攻撃する気になるのだろうか。  イジメを起こす側に共感が全くできないからこそ謎でしかない思考回路だ。 「赤阪の大人嫌いも発端はそれなんですよね。親友を救えないどころか責任逃れする大人に嫌気が差した、と」  なるほど、分からないでもない。というか、イジメ問題で責任追及される教師をニュース等で見るたびに、あぁはなりたくないと思う。  イジメの問題が難しいのは分かるんだけどな。  しかし、なるほど。赤阪が俺という教師の存在を認めてくれたのは、日達が総長として立つのを結果的にサポートしたあの事件で見直してもらえたんだろうな。  生徒の個々を尊重し、理念を持って行動するのならばそれを認めるのが基本姿勢だから。  感情に素直に暴れて好き勝手にやるのなら、それは認められない。日達を認めたのは、反抗期の同年代に生きる暴れものたちを纏めて統率管理する必要悪の親玉をかって出ようと思っている、という日達の主張を認めたからだ。  押さえつけたら反発するのは、彼らの年頃なら多少の差こそあれ誰でも同じだ。その中でも血気盛んな問題児たちを、押さえつけるのではなく制限した範囲内で行動させる。その旗振り役が日達たち幹部格の連中だと考えれば良い。  授業に出たくないなら単位取得に影響のない範囲で好きにして良い。煩く言わない代わりに出席点不足で留年するのは自業自得。  救済策として補習授業が用意されているのだから利用すれば良い。せっかく授業料を払って学ぶ機会を得ているのだから有効活用しなければ損だろう。  日達が総長として慕われるのは、圧倒的な腕っ節の強さと、同じ目線で押さえつけられない考え方を彼らに諭し、問題があるなら親身になって一緒に考えてくれる姿勢を評価されているからだ。  D組担任教師と風紀委員の実力派トップである落合に根回しを済ませてトップを取った日達の手腕を、俺は高く評価している。  あの男は、道を外れていても信念があって行動しているし、集団生活が苦手な彼らにとって最大限の譲歩だと理解できる。だから、一人の男として認められたのだ。あれは、可愛い教え子であり、頼りになる男だ。  話が逸れた。そうしてトップを取る過程で、早い段階で日達に屈し、その右腕として手腕を発揮していたのが赤阪だ。  風紀委員会に入ったのも、不良のレッテルによって都合の悪い評価をされやすい彼らに適正な指導をするための弁護人的役割のために入り込んだ経緯があることを知っている。  救えなかった親友の代わりになのか、その真摯な行動は頼もしいほどだ。  なんでもかんでも不良である彼らが悪い、ではない。不良とレッテルを貼られていないだけで、一般生徒だって問題は起こすのだから。見極められる赤阪の存在は実に貴重なものである。  それでも、いつまでも大人を信用できないでいると将来に不利が生じることも間違いないからな。なんとかしてやりたいところだが。はてさて、どうしたものか。  そんな話を黙って聞いていた柚栖が、大きくひとつ頷いて言う。 「大人でも子どもでも、責任は負いたくないものではあるけど。それでも何か問題を起こしたならちゃんとそのツケは払ってもらわないとね。直近では、学園長。あの人、やらかしすぎ」  話が一気に身近に戻ってきた。穏やかな雰囲気そのままに怒る理事長に落合が驚いているのだが。 「お。能代の件か」 「裏口確定。他にも、生徒の不正処罰とか学費の流用とか。叩けば埃が出るってこういうことか、って感じ」  もう徹底的に追い詰めてやる、と意気込む柚栖がちょっと怖かった。

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