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 翌週月曜日の教職員会議は、学園長がいない代わりに柚栖が出席して、不祥事のため学園長を罷免とする旨が発表された。  同時に、能代が学園長の妹の息子という伯父と甥の関係であること、転校前の能代の成績から裏口入学は確定的であること、その他不正が多数見つかったため理事会審議にかけられることなどが告げられる。  なんでも、転校前に所属していた高校は地元でも有名な不良の巣窟で、学力の関係で他に通える学校がないが今のままでは環境がよろしくないため、それならばと学園長が引き受けたらしい。  一応この学園は進学校のため、D組でも授業スピードは他校より早めだ。能代がついていけるわけがなかった。  聞いていてもさっぱり理解出来ないから、授業をサボって遊び回っていた。これが真相だったようだ。  D組に放り込んでもついていけないのは変わらないため、クラスは変えずに個別指導に切り替えようか、というのが教科長会議の決定方針だそうだ。これは、数年毎に受け入れてきた病弱な生徒とほぼ同等の措置だったりする。  そうしてこちら側の受け入れ態勢を整えてやっても、能代自身に学ぶ姿勢がなければ意味がないのだが。  その能代には、3時限目の最中に出会した。というか、授業中に廊下が煩くて出てみたら能代だった。  引き連れているのは生徒会役員だけだった。  場合によっては生徒会業務を授業より優先させなければならないこともあるため生徒会役員に与えられている授業免除の特権が使えるメンバーということだが。  生徒会の顧問として、認めたくはない。ないが、自己申告制承認不要のシステムになっているためこのような悪用も咎められない。  定期試験で赤点でもとって留年してしまえば良いと思う。 「お前ら煩いぞ。授業中は静かに移動しなさい」 「なっ!! なんでそんなイジワル言うんだ!」  いやいやいや。イジワルとかではなくてだな。  反論してもまた煩くなるだけだからもうどうでも良いが。 「なぁなぁ、ハスミ! ゆーま見なかった!?」 「見てねぇよ。教室にいるだろ。探してねぇで授業出ろ」  まだ探してたのか。教室も寮室も変わってだいぶ経つんだが。  そういえば、なんで『ゆーま』なんだ、コイツ。柚舞くんの名前は『ゆま』だぞ。  篠塚家に産まれた子どもの名前は、柚の文字で始まり、漢字2文字、読み方も2文字で統一されている。  柚佐の時点で既にネタ切れだったらしく、それでも親になる血族がそれぞれ捻り出して受け継いできたネーミングの法則だ。  もう、柚蘿の息子なんか苦し紛れに『柚子(ゆず)』になったくらい、大事に守られてきた伝統なのだ。柚舞くんが3文字なはずがない。  何故彼はその大事な名前を伸ばして呼ぶのだろうか。親にもらった最初のプレゼントなんだから、と拘って友人全員を名前で呼んでいるくせに。  後で柚舞くんに聞いてみよう。何か意図があってわざとその名を教えたのだとしたら、俺が訂正してしまっては申し訳ないからな。  とにかく、柚舞くんの居場所をとぼけて返したら、使えないと判断したのかまた柚舞くんの名を呼びながら廊下を走り出した。だから、煩いというのに。  副会長の御薗も待ってくださいと呼び止めながらついていく。しまったな。せっかく能代を呼び止めたのだから、個別指導の件を伝えておくんだった。  思わず見送ってしまって反省点を見出だし肩をすくめ、授業に戻るべく振り返って、目の前に見えた姿に驚いた。そういえば能代についていかなかった鵜山の双子庶務がニンマリ笑ってそこにいた。 「「蓮見センセ、冷た~い!」」 「へーぼんの居場所、知らないの~?」 「ホントに知らないの~?」 「「嘘つき~!」」  ハモっても別々に喋ってもウザいんだが、これが双子の神秘というやつなのだろうか。高柳には双子庶務萌えと大好評ではあるが。  目の前で聞くとステレオ状態で余計に煩く感じる。声量は能代の方が上だが、そういう問題ではない。  キャラキャラと無邪気に笑う双子に俺はため息しか返せず。 「いい加減教室に帰んなさい」  何も考えていないような愉快犯には付き合っていられない。今期の生徒会で一番苦手なのがこの双子だ。後先考えているわけでもなく馬鹿でもないくせにふざけたことしかしない、とにかく厄介なイタズラ小僧。  方向性は能代と大して変わらないが、双子故に相乗効果で怖いもの知らずな上悪知恵が働くから質が悪い。 「「えー、なんでー?」」 「授業中だから、だ。仕事してないなら授業免除適用外だぞ」 「仕事してるよー」 「ボクたち見回りちゅー」 「「お仕事の邪魔しちゃダメだよー!」」  それは生徒会の仕事ではないし、授業中にするものではない。が、言及するのも面倒くさかった。本気でそう言っているのなら言い諭しもするが、彼らは確信犯なのだ。言うだけ無駄というものだろう。  もう好きにしろ、と突き放して教室に戻る。こちらはそれこそまさに仕事中だ。付き合っていられない。  ぴしゃりと閉めた引き戸の向こうで、一言二言文句を言っていた双子は早々に飽きて走り去って行った。  教室に目線を戻せば、あちらこちらから点々と浴びせられる非難の目。  おそらく生徒会親衛隊の隊員だろう。あれだけ大々的に騒いでいるというのに見放そうとしないのは、生徒会役員が率先して能代を扇動しているのに気付いていないのか、気付いていても認められないほど盲目なのか。 「先生! 鵜山様方に対してあまりにも失礼ではありませんか! 我々はここに厳しく抗議します!!」  いきなり立ち上がって声をあげたヤツは、それなりに体格の良いスポーツマン的イメージのあるこのクラスの生徒だ。双子の親衛隊で副隊長だったか。 「どこが失礼だ。騒がしくしている生徒を叱るのは教師の仕事だよ。吉川、座れ。授業再開するぞ」  高柳が言うには、親衛隊なんて大衆心理の権化みたいなもんで流れに流されやすく扇動されやすいミーハー集団だから放っておけば良い、らしい。  良い得て妙だなとは思った。格好良いから、可愛いから、皆に慕われる人気者だから、自分もそこに加わる。そうして巨大化する集団だ。  俺も学生時代には親衛隊があった。風紀委員の柚蘿には作れなかったからこその、学園最大の組織だった。  だったのだが、これは生徒会長の任期満了前に半分に減った。理由は簡単。真面目一辺倒で面白味に欠ける俺よりも、1歳下のカリスマである柚佐に流れたんだ。  別に親衛隊なんて要らないと思っていたものだからどうでも良いんだが、手の平の返し方には苦笑しか出なかったものだ。  親衛隊活動に熱を上げる人間の心理は基本的に似通っている。柚栖の親衛隊も熱しやすく冷めやすく親衛対象の心象など意に介さず時に足枷にすらなっていたものだ。  人気投票で決められる生徒会役員など分かりやすく身近なアイドルではあるし、熱狂しやすい対象ではある。それを否定するつもりもないし、だからこそ歴代の人気者たちも苦笑いながら黙認していた。  とはいえ、常識的な感覚を捨てるのはどうかと思う。  例えば、授業中に廊下で騒げば教師に咎められるのは当然で、それで何故咎めた教師の側に非難が寄せられるのか。真面目に授業を受けていた側からすれば騒音で迷惑だったのではないのか。  当然あれを煩いと感じる方が多数派で、親衛隊対一般生徒の図式が一瞬出来上がる。  そんな授業妨害を許すわけがないんだがな。 「吉川、授業より大事だというなら追いかけたらどうだ? そうでないならさっさと座れ。始められない」  少し口調を厳しくしてやれば、さすがに授業をボイコットする勇気はないようで吉川も席についた。 「さて、もう一度説明から始めるぞ。江戸時代、松尾芭蕉に代表される俳句が隆盛を極めた訳だが、言葉遣いの問題から庶民には狂歌や川柳が広まった。俳句と川柳の違いはさっき説明した通りだが、添田、説明してみろ」  現在の単元は詩歌の種類と変遷、代表作について。短歌や俳句は文法を含めてたっぷりやるが、狂歌、川柳、都都逸なんかは指導要領には触れもしない。俺はこれも外せないと思う。昔の人間の言葉遊びは教養になるからな。  外の喧騒に注意を向けられたのも、生徒たちにどれでも良いから作ってみろ、と実習の時間を与えていたからで。  授業時間は残り10分。これが終わったら理事長室に癒されに行こう。昼食を理事長室で一緒に、とは約束しているが、早く行っても良いだろうか。次の時間は空き予定だしな。

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