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 その午後からは能代を溺愛しているらしい芳沢先生が掴まえていてくれるため、放浪する口実もなくなった他の取り巻きたちがそれぞれ教室に戻った。  それだけでこんなに学内が落ち着くとは、と落合が深いため息を吐いている。  場所は生徒会室。能代の現状を確認した芳沢先生が今学期中は放課後に1時間の補講を課すことを決め、能代を拘束しておいてくれるおかげで生徒会室を取り戻せたわけだ。  ここに、飛鳥と落合、今日は生徒会の日に当たって仕事をしに来た秋山、自分のペースで任せられた仕事を終えれば後は自由にして良いと気づいた途端にスピードを上げた鐘崎、交流会の打ち合わせのため放送部代表としてやって来た高柳、当日のチームメンバーの自制を頼むため呼び出した日達の6人が顔を揃えている。  教室に戻ってきたおかげでようやく御薗と能代抜きで話ができた飛鳥も、似たようなため息を吐いた。 「御薗は、あれはホントに何とかならないのか」  ボヤく飛鳥に同じ教室にいて見ていたらしい落合と高柳が顔を見合せ苦笑した。  その高柳が日達というおんぶお化けを背負っているのは全員スルーであるらしい。その懐き方は彼氏というよりむしろ飼い犬なのだが。  聞けば、忙しい時期でもないのだから会長一人でできるだろうと高圧的に挑発混じりで自分のサボりを棚に上げ、高いプライドのため副会長を辞任する提案は突っぱねるらしい。  確かに忙しい時期ではないから庶務はいなくてもかまわないが、副会長は忙閑に関わらず常に仕事のある役職なのだが。 「俺から話をしてみようか?」 「先生の出番は最後でしょ、亨治さん」 「そうでありたいがな。顧問として生徒に任せきりというのも無責任だろう」 「いやいや。蓮見センセはむしろ手ぇかけすぎや。会長も委員長も手ぇ空いて来てんやし、主導できる生徒がおるなら任せぇな」  生徒会長気質というか、自分が責任を持つ立場として動く癖が付いているせいで生徒に任せられることも俺がやってしまう傾向があるらしい。それを理解してくれている高柳が待ったをかけてくる。  確かに、生徒に成長の機会を与えるのも教師の仕事だ。彼らがやれるというなら信じて任せるべきだった。  そうだな、と頷けば、代わりに落合も同じように頷いてみせる。 「俺も説得に立ち会おう。風紀にはリコールの発議権もあることだしな」 「あんまり脅してやるなよ」 「ふん。人に仕事を押し付けて当たり前の顔をしていられるような人間に遣ってやる気は持ち合わせてねぇよ」  普段風紀委員長として真面目で堅物な表情しか見せていない落合だが、気心知れた仲間たちの前だからかそれだけ憤っているのだというパフォーマンスからか、砕けた口調で厳しい態度を見せればなかなかの迫力だ。  自分の持つ背景と血筋からくる自らの基礎能力を把握して使い分けているらしい。  血筋に負けないどころか利用できる度胸は頼もしいな。義弟を任せるのも安心していられる。  時間が限られているため生徒会室に一緒にいても仕事に集中して忙しい秋山が、ふと顔を上げて口を挟んできた。 「御薗といえば。次期襲名は従兄に正式に決まったらしいな」  その発言に全員、向こうで知らん顔だった鐘崎含めて全員が、秋山に注目する。ということは、このメンバー全員が初耳だったわけだ。  上流階級に縁の無くなった俺はともかく、全員か。少し意外だ。 「元々御薗は先代からそっちの分家の家系の方がって話だったが、春の演芸会で本決まりになったらしい。全寮制なんか入ったらまともに稽古も出来ないし、当たり前だと思うがな」 「まともに稽古出来ないのは秋山も同条件じゃねぇか?」 「うちは自己鍛練と流派は違うが部活で基礎は積めるから、それなりに継続稽古出来てる。そもそも兄が道場を引き継ぐことで最初から決まっているから俺は最初から気楽な立場だったしな。武術は己の鍛練が基本だから場所は問題じゃない。だが、御薗は師匠無しじゃ難しいだろう。そもそもが人に見せる分野だ。指導できる他者の眼が不可欠だろう」  伝統芸能という大きな括りで二人の生家は同種に括れるそうで、それなりの付き合いがあっての情報だったそうだ。  秋山は日本でも随分と少なくなった剣術家の家柄、御薗は日本舞踊の一流派の家元なのだという。  蓮池や篠塚は華族の流れは汲むものの基本は商家だし、落合は祖父一代での立身、他のメンバーは地元大企業経営者一族の家柄などで、芸能分野には揃って疎かったりする。  そのため、秋山の説明には全員が「へぇ~」という反応だった。 「それなら、ここに入った時点で後継者争いから引いていたんじゃないのか?」  ライバルが強敵だと分かっているならなおのこと、環境の改善は必要不可欠であろうに、御薗は高等部からの外部入学でわざわざ足枷を付けたとしか見えない。  疑問に思うのは誰でも同じで、飛鳥が不思議そうに問う。秋山もそこまでの事情は知らないようで肩を竦めたが。 「その環境でも、本家家元の息子なのだから、と親からは厳しく言われていたようだ。春休みに一度野点の席に呼ばれて会ったが、随分と憔悴していた。跡目襲名の決定直後だったから、その事で親から何か言われたのだろう」  それで益々自棄になっているのかもしれない、というのがここで口を挟んだ理由だった。安易に見放してくれるな、と言いたかったらしい。  確かに同情の余地はあるが、それと仕事の放棄とは別問題と突き放したい案件ではある。  とはいえ、まだ高校生だ。一方の悩みごとに釣られて別の一方までやる気を無くすことも、分からないでもない。 「うちも親が理不尽に煩いのは同じだし、同情はするけどなぁ。だからといってその煽りを俺が引き受ける義理もないわけだが」 「ふむ。今でなければ俺が肩代わりしてやろうとも言えるが、大会を控えて後輩の指導もそろそろ本腰で挑まねばならん」  なるほど、肩代わりか。なかなか良い案かもしれない。 「次期生徒会長の育成も兼ねて、1、2年から会長補佐を入れてみたらどうだ? 鐘崎も鵜山もやる気がないようだし、1年の坂之上が次期会長候補なんだろう?」  実は、今年のように現生徒会長が3年生でなおかつ次期会長候補が1年生ということは過去にも何度もあり、引継期間不足の懸念から1学期のうちに補佐として引き入れる手法はよく使われている。  生徒会役員選出が人気投票故にそのまま会長にはなれないこともあるが、それでも生徒会役員のどこかしらに選出されるだけの人気と中等部実績があって、業務の引継ぎを引き受けてくれる生徒は責任感もそれなりにあってそのまま役員に残ってくれるのが過去事例となっている。  昨年度の中等部生徒会長も高等部の生徒も親衛隊に名を連ねていた程度には人気と実力を兼ね備えた人物だ。  口説き落とすのはそれこそ顧問である俺の仕事だろうがな。  副会長を留任のままでほぼ同業務の別肩書を新たに選出する案は、現在出ている課題を棚上げするのにちょうど良かったようで、飛鳥が即採用した。落合や高柳からも納得の表情が返ってくる。 「ついでに鵜山も連れ戻してこよう。坂之上なら鵜山兄弟も大人しく従ってくれるしな。あの猛獣使いっぷりがまた見られると思うとなかなか楽しみだ」  ほう。それは知らなかった。  あのふざけたいたずらっ子どもにも頭の上がらない相手がいたのか。それは頼もしい。  そこで、何となく結論らしきものが出てそのまま雑談に流れそうな空気を、だらだらの声色ながら遮る声が挟まれた。 「方針が決まったんなら、仕事してくれ」  他人事顔で高柳のおんぶお化けを継続していた日達がその声の主だ。確かに、責任も立場もなく関係もなければ興味もない日達には退屈だっただろう。  ここに高柳がいなかったら早々に退出していたはずで、黙って待っていてくれたのに感謝だ。  高柳がその日達を宥めている姿が、なんだかんだ言いつつも上手く付き合えているようで微笑ましい。  悪かった、と素直に謝罪して頭を下げた飛鳥が生徒会役員以外の3人を相手に仕事に戻るのを見て、俺は給湯室に引っ込む。  そろそろ喉も乾いた頃だろうし、仕事を始めてしまえば顧問は基本暇なのだ。

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