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ゆったりと作られたテラスはゆっくりと休日のブランチを過ごすのを想定して作られていた。
食事に不便のない高さのテーブルとふわりとクッションの詰められた肘掛けつきの椅子が、ガラス戸で閉じればサンルームにもなる陽当たりの良い広々としたウッドデッキに置かれてあって、並べて繋げれば12人掛けの大テーブルにもなる。
まだ幼い柚蘿の息子は柚蘿の膝が定位置のようだ。
テラスの雰囲気に良く合うランチメニューは、柚蘿の嫁で俺にも友人の佐奈が趣味にしている手捏ねのパンと手作りジャムにサラダや焼いたソーセージなどが並べられた。
このメニューを分かっていたかのように柚栖が直前の祝日に丸1日がかりで作っていた鶏やチーズのスモークも一緒に並んでいる。
それらをつまみながら、昼間っから酒を飲み始めるのがこの家の男たちで。俺のために用意しておいたのだと義祖父、義父、柚蘿、柚佐の4人がそれぞればらばらに持ってきた酒は、どれも手に入りにくい一級品だった。
確かに良い酒は旨いのは知っているが。贅沢すぎるだろう。
かく言う俺も、彼らが用意したものに比べれば値段は落ちるものの味は自信もって提供できる気に入りの酒を持参している。
ので、他人の事を言う資格はないだろうと柚栖に呆れられた。
いやいや。柚栖自身も確か、アルコールの土産を持参していたはずだ。
酒好き一家は酒に強い家系でもあるようで、それぞれの近況報告や時事雑談を話題にしてゆっくりと時間を過ごしていく。
家族になるなら篠塚家の事業についても知っておいた方が良いだろう、との義祖父の判断から、ずいぶんと内部事情をさらけ出された話題がどんどん提示されていた。
文系教師の俺には商売の中身までは聞いていても意見を戦わせるまでは理解できないんだけどな。雑学として聞いているぶんには面白いと思う。
そんな会話の中で、学園の今後についても話題に上った。
「せっかく蓮見くんが身内になってくれたんだし、柚栖も理事長として学園に戻したしね。二人で協力して学園改革を進めてくれたら良いと思うんだよ。ベビーブームに乗って全国規模に学園を大きくしたのは良いんだけど、少子化が叫ばれてからも金銭的な余裕があることに胡座をかいて何の策も取らずにここまで来ちゃったからね。実情は厳しいと思う。そうだろう、柚栖?」
「思ってた以上に。何らかの方針を打ち立てて大鉈入れないと、学園倒産もあり得ないでもないよ」
させないけどね、と悪どく笑ってみせる柚栖だが、理事長に就任してから仕事中の表情が日に日に厳しくなっているのはそばで見ている。下っ端には分からないが、経営的に苦しいだろうというのは想像に難くない。
年々生徒数は減っているのに、イベント数も内容も最盛期のまま、寮や校舎の設備も贅沢に年々整備している。どこから金が出るのか不思議に思わないでもないのだ。
「その問題をね、柚栖は外部から、蓮見くんは内部から、それぞれにアプローチして改善していって欲しいんだ。学園経営については全権を柚栖に委ねるよ。随時相談にも乗るし、頑張ってみて」
口調は優しげだがその言葉はなかなかの厳しさだ。任された柚栖は当然のように頷くが、簡単な話でないのは素人の俺でもわかる。
が、少ししり込み中の俺に気づいていたようで、そばで黙って聞いていた柚蘿がふっと笑った。
「そろそろコウもエンジンかけろよ。お前、ぬるま湯に慣れすぎ。本当の実力はそんなもんじゃねぇだろ?」
「蓮見先輩が素人だとか寂しいこと言わないでくださいよ。俺には今だって蓮見先輩が目標なんですからね」
似た者年子が口々に勝手なことを言うんだが。
期待しすぎだろう。俺にはこの2人に敵う力はないぞ。
だが、甘やかしてくれないのがこの柚蘿という俺様野郎で。
「俺はさ、コウが蓮見の家が落ちてからずっと就職するまで苦労してたのを知ってるし、就職してからもうちの学園で経営者連中に頭押さえられて我慢してきてくれたのも知ってるし。だから、急に重石が無くなってもすぐに元の調子に戻れねぇのは分かるんだぜ。それでも、だからこそ発破かけるけどよ。理事会はうちが主導で理事長替えたついでに経営陣も一新しようって動きになってる。来年の人事は各校学園長から教頭から一新人事になるだろ。そこで、コウにも肩書きを持ってもらうつもりだ。せっかく頼れるヤツがいるのに見逃しておくほど俺らは甘くねぇ。そこで入り婿の縁故だとか陰口叩かれてくれちゃ困るんだよ。まぁ、今の功績でも十分ではあるだろうがな。もう一声欲しい。お前なら、いけるだろ?」
いやいや、お前。そりゃ、無理とは言わないけどよ。
そんな発破かけられちゃ、嫌とも言えないだろうが。
「その前に、名実ともにお婿さんに来てもらわなくちゃ。話はそれからよ」
仕事面で頼られるような話をしているところに口を挟んできたのはお義母さんで。その通りだ、と女性陣および柚舞くんが同意の声をあげた。
名実ともお婿さん、と言われても。俺と柚栖が同性婚と言われる養子縁組するのなら俺が柚栖を養子にもらう流れになるのだが。当然姓も蓮見になる。
今の話の流れで柚栖を篠塚家の戸籍から外すわけにもいかないのではなかろうか。
「コウはどういうつもりでいたんだ?」
「いや、戸籍は現状維持で良いかと」
「あら、ダメよ。行政上でもちゃんと家族でいないと、資産の贈与とか遺産相続とか色々厄介だもの」
「無駄に大きい家だから外からの口出しも五月蠅いんだよ。拘りが特にないならうちの息子になっておくれ」
「なら、うちの長男だな。確か、お前の方が誕生日早いだろ」
俺本人を置いて受入家族の方こそ何故か盛り上がる。篠塚の家名を戴くなら確かに柚栖の兄に収まるのが自然なのだろうが。
柚栖はどう思っているのか、そういえば確かめたことがない。
そう思って隣を見たら、柚栖本人はニコニコと笑って盛り上がる家族を眺めていた。
「柚栖?」
「篠塚亨治って、良い名前だと思うよ」
「否定しないが。柚栖はそれで良いのか?」
「むしろ、亨治が蓮見に拘らないのかって心配する側かな。僕が蓮見に嫁入りしても良いと思ってたけど、学園のことを考えたらちょっと厳しいのは確かみたいだし。戸籍上はどうでも、亨治が僕の旦那様なのは変わらないでしょ?」
特に強固な拘りがないのは柚栖も同じだったらしい。さすが俺にそっくりな恋人だ。
それで結論が出たと判断したのか、柚佐と柚舞くんは兄が増えたと喜び、柚蘿は兄貴が出来たと何故かこれまた喜んで、両親も息子が増えたことに大喜び。善は急げとばかりに篠塚家の顧問弁護士にこの場で連絡を取る勢いだ。
家族の素直な喜びように2人の嫁たちは少し引いていたようだが。
柚蘿の嫁という玉の輿に乗っておきながら学生の頃と何ら変わらない飄々とした性格の佐奈が、家族たちの盛り上がりようを眺めながら穏やかに笑った。
「蓮見くんの人生って意外と激動よね」
いや、その穏やかさで言う内容じゃなくないか、それ。
良いんだがな、別に。
「俺の場合はタイミングと身の回りに恵まれてるからな。大したことじゃないぞ」
「あら。人の人生において問題の大小なんて他人と比べるものじゃないわ。蓮見くんの半生は十分に波瀾万丈でしょうよ」
確かに人生設計は何度もやり直しせざるを得ない事態に見舞われてはいるが。振り返ってみても、首を傾げるくらい。
「やっぱり、大したことねぇよ」
「本物の大物って無自覚だっていうけど、ホントその通りね」
大物、ねぇ。過大評価だな。
親友も恋人も大物だが、俺自身はそこらの小物と変わらんだろうよ。
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