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 その後の話をまとめてしようと思う。  生徒会は飛鳥がゴールデンウィーク直後に学園史上初の解散再選挙に踏み切り、飛鳥、秋山、鐘崎を残して他の役員は1年生の旧中等部生徒会役員が選ばれて再始動することになった。その後、さらなる問題も起こらず活動している。  4月に罷免となった後人事に手間取った学園長の後任は外部別法人で教頭として力を奮っていた人物を定年後再雇用として抜擢し、3年間の期間限定でお願いしている。ついでに、次の学園長は教師兼務で俺が務めることになるそうだ。  篠塚家に婿入りした事実は養子縁組から半年後の篠塚家主催クリスマスパーティーで正式に発表されており、柚栖の夫というよりは権威を失った蓮見の直系かつ柚蘿の親友で潜在能力も高く披雇用者の立場で放っておく手はないだろうという能力採用を前面に押し出されているから、注目度も怖じ気づく勢いだ。負ける気はないがな。  落合は柚舞くんの恋人として俺と同じように歓迎され、エスカレーターでそのまま進学可能な杏ヶ森学園大学の経済学部に早々に進学を決めた後は、勉学のかたわら柚蘿に直接師事して経営学を実地で学んでいる。  日達は学園のD組改革を順調に推し進め、ほとんどのイベント事や授業参加をサボる傾向のあった不良生徒たちの意識を変えることに成功したのち、先に卒業した高柳の後を追って進学を選んだ。不良たちと一緒にふざけながら、時に大喧嘩なども起こしつつうまい具合に学園でそれなりに上手く関わっていく流れは、受け継いだ後輩もこれまた巧妙に悪ふざけレベルに押し留めていて、そのまま不良という括り自体が無くなりそうな勢いだ。  問題の能代は個別学習になってから意外なほどのスピードで学力をあげ、ついでに道徳授業のかわりに課した論語の素読が良く影響したようで、卒業する頃にはすっかり大人しく分別ある人間に成長を遂げて、外部の専門学校に進学を決めた。  赤阪の抱えていた心の傷は、あれは一朝一夕でどうにかなるような簡単なものでもないからな。多少は落ち着いたんじゃないだろうかと思う程度だ。  というわけで、明日は俺が担任したD組メンバーを1人の落伍者も出すことなく送り出す、卒業式を迎える。  飛鳥から夕方頃送られてきた大学で出来た彼女とのツーショットを眺めながらベッドに横たわってぼんやりしているところに、仕事の電話を終えて戻ってきた柚栖がダイブしてくる。  軽いとはいえ、衝撃はそれなりなんだが。嬉しそうにする柚栖が可愛くて抗議もできず。 「あれ? 蓮池くん、彼女出来たんだ」 「らしいな。親や親戚連中はまだ五月蠅いみたいだが、大学出た頃にはアイツ自身が立て直すだろうし、大丈夫だろ」 「なんだかんだ、気にしてるよね」 「一応生家の本家だし、相談に乗るくらいならな」  直接手を出せる立場にはないが、恋人を得て幸せそうに笑う飛鳥のこの表情なら、大丈夫だ。基礎能力はあるヤツだ。心の余裕ができれば無敵にもなれる。  ちょっと妬けちゃう、と拗ねてみせる柚栖を抱き寄せてそっちはどうしたのだと問えば、一瞬にして喜色満面に戻り。 「佐奈さんの出産、無事済んだって! 女の子だよ!!」 「へぇ。男所帯が華やかになるな。女の子なら柚奈、だったか」 「男名前は品切れ状態だからって先に決めとくのもどうかと思ったけどねぇ。こうして離れて暮らしてると先に決まっててくれるメリットもあるよね」  フフッと嬉し笑いを押さえきれない柚栖がはしゃぐのに、同意を返してその小柄な身体を抱き寄せて。  ふと、思い出す。 「そういや。能代が柚舞くんを『ゆーま』と呼んでいたのがあの頃は気になったもんだが、結局聞かずじまいだった。いや、今でも呼び名は変わらないのか?」 「あぁ、あれ? 僕も気になって柚舞くんに聞いたけど。事前に同室者の名前を伝えたあの子の伯父の読み間違い。一度覚えると訂正されても聞く耳持たないでしょ、あの子。それでそのまま何度訂正しても直してくれないから諦めたんだって」 「むしろ、よく読めたな。柚舞くんの名前を字面で読める確率低いだろ」 「一番多いのはユブかなぁ?」  読めなくて諦めるのが大半だがな。ずいぶんと惜しい読み間違いもあったものだ。 「その点、柚栖は字面通り読めて良かったな」 「僕もけっこう間違えられるよ? ユズって濁られたり。意外と『栖』って読めないみたい。一発で迷いなく読んでくれたのは亨治くらいかな。疑う余地もないってくらい普通に読んでくれたよねぇ」  嬉しかったんだよ、と。また嬉しさが甦ったようにニッコリ笑って抱きついてきて。  柚蘿と柚佐でネーミングの法則に慣れていたせいもあると思うんだがな。水を差す必要もないか。  抱きついて幸せそうな柚栖を甘やかしていたら、何故か急にテンションが落ちたのが気になったが。 「卒業、かぁ」 「ん?」 「んー。バカなことしたよなぁって、今の時期は毎年思うんだよねぇ。ホント大反省」 「理由も言わず、4年待て、な」 「だって、亨治がそばにいたら甘えちゃうと思ったんだもん! 自分の意志の弱さは自覚してるんだよ」  その当時の柚栖がそのように判断するだけの理由もあって、でもそれは判断ミスだったと自覚もあって。何度でも反省してしまうのはそれだけの後悔として残っているからだろうが。 「その当時の柚栖がそれがベストだと判断して選んだ道なんだろう? 迷って悩んで間違って反省もして、そうやって若者は大人になっていくものだ。今が幸せだしな。終わり良ければそれで良いじゃないか」 「良い、の?」 「大人になるのに必要なステップだったと思ってやれ。こうして、良い男に成長して帰ってきてくれただろう? 俺にはそれで十分だ」  3年毎に進路に悩み、たくさんの手探りと模索を繰り返し、大人になるのが10代の生き方だ。そのステップのひとつをサポートするのが高校教師の役目であり。 「ほら、いつまでも落ち込んでないで成長した今を楽しめよ」 「……そんなこと言って、ただエッチしたいだけでしょ、亨治は」 「ふっ。バレたか」  呆れたように口を尖らせる柚栖にふざけながらキスを落とす。そうして夜を過ごせる今が、普通に幸せだ。  こうやって毎年毎年、悩み苦しみ成長過程を過ごしていく高校生たちに助けの手をさしのべて、大人になるステップを踏んで卒業していく高校生を見送っていく。  まぁ、男子校の高校教師ってヤツは云うなれば、大人の男の作り手、ってところだな。  そんなふうに言えば、かっこよく聞こえたり。  ……しないか。 オトナのオトコのつくり方

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