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番外編)総長サマの云うことにゃ、

 断言する。俺がこの学園でトップを取ってやろうと決意したのは、担任の蓮見先生の影響だ。  中学生時代の俺は、自分で云うのも何だが、典型的な不良少年だった。  口煩い母親と家庭を顧みない父親に愛想を尽かし、3歳上の兄貴分にあたる斜向かいに住む幼馴染の跡を継ぐように、地域の中坊のトップにまで上り詰めた。  上り詰めてしまえば、他に気概のあるヤツがいない地域だったから地位も安泰で、あっという間に飽きたわけだが。  そうして結局は張り合いのないグダグダな生活をしていたところ、地元の不良高校を卒業して地元の優良企業に営業マンとして就職した兄貴分の背中に、将来を真面目に考える必要性を教えられた。  それで、グレた生活から足を洗って真面目路線でトップを目指し、親を見返してやろうと考えを切り替えたその矢先。  見るからに手に負えない不良だった俺をもて余していた親に捨てられるように、この学園に放り込まれたわけだ。  授業はほぼ欠席で校内に屯していた俺のヒマつぶしは専ら読書で、それで侮られて襲われたところを返り討ちにして手に入れたトップの座だったから、何が効を奏すものやら分からないもんだ。  その俺の毎年定番化した春の愛読書は教科書。授業も受けずに定期試験で上位にランクインし、こんな進学校の入学試験を楽々パスした理由はこれだ。  で、入学した俺を待っていたのは当時学園のヤサグレ共を纏めていた総長の拳という洗礼で。もちろん返り討ちにしてやったが。30人は多かったな。  そんなわけで入学1週間でD組入りした俺を同情的に出迎えてくれたのが、蓮見先生だった。  D組は入ってみればずいぶんと手厚い更正援助体制が組まれていて、それでいて自主自立を求められる環境だった。  特に挙げられるのが、放課後に毎日開催される補習授業だ。  全員画一に同じ方向を向いて一致団結できる普通の生徒には、号令かけて全員一緒に同じ行動をする集合教育をする。  反対に、他人からの指示に従順に従う力が欠けている俺たちのような半端者には、サポート体制は整えてやるから自分から動け、という仕組みなのだ。  真面目に勉強する気があれば、トップクラスのA組より上に行けるんじゃねぇかと思うんだが。  参加した補習時間中にマンツーマンでついた蓮見先生にそう感想をいえば、その通りだと頷かれたついでに苦笑までついてきた。 「それでも、この制度ができて今まで10年間でこの特別扱いに抗議してきた他クラスの生徒は皆無だ。補習授業を受ける必要のあるお前らに対する優越感があるのさ。まぁ、その優越感を擽るために『補習』なんて名前を付けたんだが」 「術中に嵌まってるわけだ?」 「そういうこと。教える側も、人数増えられると対応しきれないからなぁ。素直なイイ子たちで助かるよ」  助かる、なんて口では言うが、そりゃあからさまに誰が聞いても分かる皮肉だろう。 「ところでお前、補習要るか?」 「正直、要らねぇかな。教科書でわかんねぇトコはここ何日かで粗方解決したし」  だろうなぁ、と同意して、先生はまだ表紙もキレイな俺の教科書を手に取った。  全ページ一読済みなので折り癖はついているものの、書き込みもほぼないキレイな教科書だ。これを見ると、大抵の教師はちゃんと勉強しろと叱ってみせてくるわけだが。  先生は何故か感心した表情を見せるだけだ。 「お前、得意教科は歴史あたりか?」 「暗記系は得意じゃねぇよ」 「室町時代の南北朝について」 「あ? 足利尊氏と対立した後醍醐天皇が乗っ取られた京都に対抗して吉野で朝廷を開いたってヤツか?」 「ほら、得意じゃねぇか」  クックッと喉で笑って、奪った教科書を返してくれる。  ってか、歴史の問題出してくるからそれかと思えば、化学の教科書じゃねぇか。わけわかんねぇ人だ。  楽しそうだった先生は、しばらくしてから笑いを収めて俺の顔を見つめてきた。 「どんな環境でもな、多かれ少なかれ対立構造ってものは発生する。南北朝にせよ、戊辰戦争にせよ、基本は考え方の多様性によるぶつかり合いだ。この学園もそう。D組対他クラスってのは長年の課題でな」 「俺らに対立する意図はねぇだろ。みんな好き勝手やってるだけだ」 「その好き勝手を認められないんだよ、大人の思惑に従順なイイ子ちゃんたちにはな。まぁ、こっちは扱い易いから別に良いんだ。問題は、その敵視の目を向けられる側さ。ガン付けられてちゃムカつくだろ? その感情のままあちこちで好き勝手に爆発されちゃ、さすがに困るわけよ」  まぁそうだろうなぁ、とは思うが。  俺らは別に悪くないだろ、と反発しかけたのはほんの一瞬。その他大多数の反感を煽っているのはこちらなのだと、先に説明されたばかりだった。  お互い様の割を食っているのが、俺らのようなガキを諌めなくてはならない大人たちだ、という話だ。 「で、それを俺に聞かせて何させたいわけ?」 「読解力のあるヤツは話が早いな。せっかく大暴れの鳴り物入りでD組まで落ちてきたついでにな。お前、ここのトップ取ってみねぇか?」 「…………? はぁ!?」  いやいや、先生さんよ。  その立場で提案して良い内容ではなくないか?  さすがに驚いた俺に、先生は何の問題も感じていない体で笑っているのだが。  笑い事じゃねぇだろ。 「俺も昔ここで生徒会長してたから思うんだがな。D組のやつらもボスを祭り上げて集団作ってんだろ? そのボスと対等に協議できれば、両勢力それぞれうまく住み分けて平和に学園生活送れんじゃねぇかなって。この補習もその一貫だ。参加者をD組に限定してこちら側の希望を集めて出来るだけ叶えてやって、D組はD組のやり方で勉強できる仕組みを模索した結果なのさ」 「まるで先生が作ったみたいな言い方だな」 「おう、俺が作ったからな。もちろん、俺の親友にも後輩にも先生にも協力してもらってるけどよ。この制度は俺と当時風紀委員長だった親友の二人で作ったもんだ。良くできてんだろ?」  自画自賛、ではなく、ここまで上手く出来ていたら正当な評価だ。  で、それと俺がトップ取るのとどう繋がるのか。 「なんだ、不思議そうな顔だな。お前みたいな話の通じるヤツがトップ取ってくれたら俺が楽だ、ってだけだぞ」  ははっ、とか。  いや、笑い事かよ。  つうか、自分都合かよ。  こんな会話が、学園全体巻き込んだ猿山のボス争奪戦(蓮見先生命名)の発端だ。  な。蓮見先生の影響だろう?  そんな騒動を起こしてまで先生の唆しに乗ったのは、俺くらいの半端者目線で同等に話してくれた先生に多少尊敬の念を抱いたからで。  この大人は信用して大丈夫。そう思わせてくれた礼なんだ。  A組で大人しくしていた赤阪をD組に引きずり落としてまで巻き込んだのは、俺の一存だった。  因みに、副長を張っている弓削は、キレると手が付けられないせいでD組入りしていた案外真面目なヤツで、中等部からの持ち上がりだからこそそのままズルズルと祭り上げられ続けていた1年のリーダー的存在。キレて暴れているところを止めてやった縁で懐かれた。つるむのが必然すぎて馴れ初めも何もない。  赤阪とは、D組に落とされる前のA組時代から付き合いのある煙草仲間だったのがそもそもの縁だ。  煙草仲間故に一緒にいる機会も多く、お互いに過去話は晒しあっている。赤阪は運が良くて見つからなかっただけで、喧嘩も背中を預け合った。気が合うヤツなんだ。  だからこそ、罰としてクラス落ちするのではなく、俺の天下取りの片腕になってほしいと持ちかけた。D組に移動するのは本人の希望があれば簡単なんだ。  正道から足を踏み外すには、多かれ少なかれみんな何かしらの事情を抱えている。  大人なんか誰も信用していなかった赤阪だから、先生になど頼らずに仲間を助けたいという俺の口説き文句にはすぐに靡いてくれたのだが。  不良連中率いてチームを組んでその幹部になったところで、学内での権力は無いに等しい。  そこで、赤阪とだいぶ話し合って、その一方で蓮見先生の知恵も借りつつ至った結論が、風紀委員会乗っ取り計画だ。  そう。赤阪が風紀委員会の副委員長に就いたのは、この乗っ取り計画の名残だった。  結論からいえば、乗っ取るまでは至らなかった。  風紀委員会の庇護対象にD組の生徒を含めること、腕っぷしの強弱ではなく問題事の経緯を確認して加害者と被害者を判断すること。  イジメ問題には今まで以上に積極的に取り組むこと。  赤阪を風紀に送り込み、前風紀委員長だった当時3年の戸原センパイと当時副委員長だった落合センパイを抱き込んで風紀委員会改革をやったわけだ。  風紀委員会を味方につけて1年のD組を手中に納め、担任の暗黙の了解を取り付け。  そこまでできてしまえば、学園の大小バラバラだった不良グループの大半を纏めあげてひとつのチームに取り込むのは誰でも出来る簡単なことだ。  まぁ、一応この学園では負け知らずだけどな。総長に上り詰めたのは腕っ節より頭脳戦の勝利だな。  天下を取ってしまえば平和に飽きてしまうのは中坊の頃と同じだ。  が、ここでまた蓮見先生が登場する。  イベントの多いこの学園で、特筆すべき規模のものといえば、1学期末試験後の体育祭と2学期半ばの学園祭。  どちらのイベントも、治安の悪さという課題を抱えているらしい。  治安が悪いといえばまず疑われるのが俺たちD組なのだが。大半の事件はD組に冤罪を擦り付けて責任逃れをする一般生徒の仕業なのだとか。  D組の仲間を守るために、自警団を結成してみないか、と持ち掛けられたわけだ。  そもそも、自分たちの生活に関わりのない奴等の動向なんざ、興味も湧かないもんだろ。イベント中に俺様に迷惑かけたら分かってんだろうな、とでも脅しておけば、D組の連中は大人しくしてくれる。  溜まった鬱憤は日々適当に発散させているし、日常的にイイ子ちゃんではない代わりに他人を巻き込むほど悪いことをする気概も湧かないもんだ。面倒くさいからな。  中等部から学園にいる弓削にも聞いてみれば、確かに毎回D組の連中が言い掛りを付けられて何もしていないのに処分される事例があるのだという。  毎度のことなので反論するのも面倒くさいとこちらもほとんど無抵抗だったとか。  そりゃ、ますますヤサグレるよな。悪循環すげぇ。  自警団もそうだが、こちらも冤罪避けを講じる必要があるのは間違いなく。考えれば考えるほど、大仕事を自覚する。  こりゃ、総長も楽じゃねぇや。  だが、遣り甲斐もある。学園生活に張り合いも感じる。  俺がこの学園を仕切ってやるつもりになったのは、たぶんこの時だった。  それからいくつものイベントを乗り越え、俺を侮ってくる年上の連中はともかく仲間内からは落伍者も出さずに2年生に進級し。  俺は俺の護るべき大切な存在に出会った。  出会って、後悔した。  ひとつ年上。つまり、去年出会っていても不思議じゃない。  何でこの存在に気付かなかったのか。  その人は、学園で普通に生活していれば誰でも知っているような有名人だった。  その学年で生徒会長と首席争いをしているほどの成績優秀生。中等部時代は生徒会で会計職に就いていて、今は放送部部長としてイベント事の進行を取り仕切っているという。  そして、蓮見先生の相談相手でもあった。  D組とは方向性の違う問題児である転校生の行動傾向と対応策を良く知っていた彼の活躍ぶりは、俺が彼に惚れてから蓮見先生からそれとなく聞き出した。  正直、すげぇ、の一言だった。  いくら似たようなキャラクターの出てくる小説を愛読しているとはいえ、あんな扱い難い性質の人間に対抗できるとか、どんだけだ。  人伝に彼の噂を聞くほどに、そして彼の近くでその言動を観察すればするほど、惚れていく自分がいて。  これはもう、運命の相手なんじゃねぇかとか乙女チックな妄想も浮かぶほどに。  恋患いで悶々としていた俺に届いた蓮見先生からの助言に飛び付いたのも、無理もないだろう。  いや、普通に面白かったんだけどな。  返事はハイかイエスで、とか。否定の選択肢無しかよ。 「ちゅうかなぁ、そーちょーさん? 蓮見センセの戯れ言真に受けちゃあかんやろ。それで落ちるとか、ワイ舐めとるんちゃうか?」 「舐めているわけじゃない。いや、確かに面白いとは思ったが。否定の返事をしてほしくないのは本心だ」 「……あぁ、あれ、そぉいう意味やったんか。なんや、必死なんやなぁ」  面白がっていて悪かったなぁ、なんてひとり反省会を始めるのは、この選択肢の出元だからだろうけど。  そりゃ、告白に必死で臨まなきゃ相手に失礼だ。 「だから、真剣に考えてくれ。俺のこと」 「んー。せやけど、男はお断りやで」 「あっさり決めんな。男は、とか言える立場じゃねぇだろ、あんた」  う、と言葉に詰まる。  簡単に断れるのは、真剣に受け止めてもらえていない証拠だろう。  そもそも人生を適当に生きてきた俺だ、自業自得だと自覚がある。  まずは、俺の気持ちが真剣なんだと理解してもらわなければ。  その上で、断られるのなら、仕方がない。諦められるとは思えないが、受け止める。  でも、上辺だけで受け取って上辺だけのまま断られるのは、認められない。俺のこの感情はそんなに軽くない。  大体、この学園で成長して、他人の色恋沙汰を傍観者として楽しむ趣味があるヤツが、男同士を理由に断れるとか、認識が甘すぎるぜ。 「うあー、えー、あー。あ、せや! お試し期間とかどや? ワイもそーちょーさんのこと噂でしか知らへんし、そーちょーさんも人伝で聞いとるくらいやろ? せやし、もそっとお互いに知り合うてから、改めてよぉ考えさせてぇな。な?」  なるほど、時間稼ぎに出たか。上等だ。受けて立ってやる。 「良いぜ。ただし、1ヶ月だ」 「なんや、期限切るんかい」 「当然だ。ズルズル逃げられちゃたまんねぇ」 「えぇで。1ヶ月後に改めて振ったるわ」 「諦めろ。1ヶ月もかけずに口説き落としてやるよ」  これが、俺と彼の馴初め。  ロマンチックの欠片もねぇ。    ※ 「いや、ほんま、男に落ちるとか自分が信じられへんわ」  昔話をしていて、志雄さんが苦笑する。俺の膝の上で、背中から抱っこされながら。  あれから。  恋人が出来て精神的に安定したらしく、篠塚に次いで次席につくまで成績を上げた俺はその成績を引っ提げて恋人が待つ外部の大学に進学。  経営学と経済学を学んで卒業した後、彼の実家が経営する会社に就職した。  俺の実家は静岡で製茶工場を営んでいて、年の離れた兄貴が後継者に決定しているから、帰る必要がなかったんだ。  で、就職先は高柳茶舗。つまり、お茶製品の販売店。  お互いに実家の家業を明かしたときは、運命だと実感したよな。  俺自身という人脈を使って製造業と販売業を連係させる試みは当然のように上手く軌道に乗り、高級茶葉から加工品に至るまで幅広いラインナップを提供できる販売店として宇治の茶処に名を上げるまでに成長した。  その業績と俺たち自身のラブラブっぷり、子連れで出戻ったお義姉さんの存在もあって、このほど入り婿として高柳姓に受け入れてもらうことになった。  この決定に、自称貴腐人のお義母さんとお義姉さんの強い後押しがあったことは、何故か一応公然の秘密らしい。  お義父さんを除いて家族全員腐っている時点で、秘密にする意味があるのか不明だが。  とにもかくにも今現在、幸福に過ごせる幸運を噛み締めながら順風満帆な日々を過ごしている。 「蓮見先生かぁ、懐かしなぁ。元気にしとるかなぁ」 「入籍の報告兼ねて、中元でも贈るか?」 「お、えぇな、それ。理事長も喜んでくれはるやろ」  何を入れようかな、と自社製品をあれこれピックアップしていく。  指折り数えるそんな志雄さんを抱き締めて、抱き締められる幸せを改めて実感して、俺は弛く笑った。

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