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番外編)蓮池会長の受難

『何でこんなことも分からないんだ! 蓮見のガキだってできたことだぞ!』 『飛鳥、お前には期待しているんだ。もっと頑張ってくれ』  正月休みに帰省した俺が、その間耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。  蓮見のガキと父が言うのは、通学している学園の教師をしている俺の元家庭教師のこと。  そもそも、前提知識皆無な上相談相手もいない状態で家の財務会計を手伝えって無茶ぶりにもほどがあるわけだが、そんな言い訳はこの父に通用するわけもなく。  普段家にいない息子に何を期待しているのか。甚だ疑問だ。  そうして親をひたすらガッカリさせた俺は新学期に向けて逃げるように学園に戻ったわけだが、親の小言なんてまだまだ生易しかったと理解したのはその翌月。  2月などという中途半端どころの騒ぎじゃない時期にやってきた転校生、能代愛生の襲来だ。  後に、志雄から聞かされたアンチ王道のテンプレートに見事なほど則った事態の推移に脱力したものだが。  知っていたらもう少し上手く立ち回れた、という言い訳は過去形になってから云えた話だな。  まず、書類が回ってきたのが超ギリギリだったところから始まる。しかも、顧問経由ではなく学園長秘書の持参だった。  学務にも教員にも風紀にも同時に配布して回ったという緊急ぶりだ。この時点で、敏い落合は最大限に警戒していたらしい。  書類が回った翌日には学園にやってきた愛生は、学園長たっての希望で生徒会役員に出迎えを指示され代表で向かった副会長の御薗を速攻で落とした。  なんでも、『何でそんな悲しそうに笑うんだ!? 俺がもっと楽しく笑わせてやるよ!!』だそうだ。  まぁ、確かに御薗は愛想笑い下手くそだけどな。それ初対面で指摘したら失礼だろ。  とにかく、何故かそれで愛生に惚れたらしい御薗は戻ってきて早々にデレデレと惚気ていて、夕飯を約束したのだとルンルン浮わついていたわけだ。  普段の仏頂面とのギャップに生徒会の仲間が興味を引かれないわけがない。  御薗に無理矢理着いていく形で御薗を落とした稀有な人物を見に行った俺たちが愛生を見た瞬間、御薗以外の全員が感想を述べたんだが。   『……ワタゴミ?』 『たわし頭だねぇ』 『『実験失敗した博士かなぁ!?』』  上から順に、俺、鐘崎、鵜山兄弟。  秋山はいつもの通り部活に出ていて夕飯時間が後半にずれるためここにいなかった。これまでもこの先も行動を共にしない仲間だから気にもしなかったが、後から考えたらアイツは本当に運が良かったよな。  いや、部活バカな秋山じゃ愛生に落ちる心の隙がないか。  御薗の連れとして挨拶に出向いたその時その場で、試しに口説いてみた鐘崎には説教をくれ、双子を瞬時に見わけ、双方共に落とされた。  いやいや、鐘崎はそもそも男相手は唾棄するタイプだし、双子は鏡合わせだから誰でも見分けられるんだが。なんなんだ、お前ら。  俺はというと、早々に興味を無くしていて鐘崎や鵜山に付き合ってその場に留まっていただけだった。コイツら放置して先に飯食おうか、くらいは考えていたか。  その俺に、愛生は突進してきた。 「なぁなぁ! お前カッコいいな!! 名前、なんていうんだ!?」  この時点で愛生のKYぶりと面食いぶりに気付かなかった俺も大概鈍かったな。  生意気で可愛いげのない2年後輩の坂之上なんかは『ちょっと鈍いくらい愛敬ですよ。蓮池先輩は堅物過ぎて面白味に欠けるんで、そのくらいで丁度良いです』などど慰めてくれたが。  いや、からかわれたのか。  とにかく、生徒会長として名乗らないわけにもいかず、仕方なく、本当にこのときはダルくて面倒臭いのに仕方なく、愛生に向き直った。 「自己紹介が遅れて済まなかった。当学園の生徒会長を務めている、蓮池飛鳥という。杏ヶ森学園へようこそ。歓迎するよ」  これが、愛生とのファーストコンタクトだ。  この日を境に、御薗、鐘崎、鵜山兄弟は揃って生徒会業務をサボりだした。  授業にも出ず愛生のケツを追うのに忙しくしていたらしい。  愛生自身が落ち着きなくあちこち走り回る性質(たち)なので、追いかけるのに精一杯で生徒会の仕事など忘れていたのだろう。  放棄された仕事は、必然的に残された俺が片付けることになった。  仕事量はひとりあたり週に2、3時間で済むものなので、俺が毎日数時間ずつ仕事すれば間に合う。  そんな甘い見通しが俺を追い詰めたのだろうと後から振り返ればわかるんだが、あまりにもじわじわ過ぎて自覚がなかったんだな。  2月中は予定通り週1日だけ仕事に来てくれた秋山も3学期の期末試験後は合宿やら実家の用事やらで生徒会に来られず、申し訳なさそうに俺に断りに来た後4月に戻ってくるまで姿を見かけることすらなくなった。  中等部時代は同じ生徒会役員として気安く接していた志雄も、高等部に進学してから徐々に疎遠になり。  学園2大巨頭と俺に並べられる落合は愛生と行動を共にしていて頼りにならず。いや、これはひとり部屋だったはずなのに簡易ベッドを入れられ部屋を狭くされた同室者の篠塚を保護するためだったらしいんだが。  愛生が学園内で暴れまわる余波は顛末書や修繕費用請求などの書類となって日々の業務に嵩増し効果をもたらし。  放課後はひとりで生徒会室に籠っていたところに、御薗たちが愛生を連れてやって来ておやつの時間を楽しみだしたことで、俺の我慢が限界を超えた。  『仕事ばっかしてないでこっち来いよ!!』と何度も大声で唆されれば、誰だって引きずられるだろう。  一度サボってしまえばヤル気などなかなか復活するものではない。  翌年度の新入生歓迎会の準備作業が始まったところなのは自覚していたんだがな。  なんとかなるだろ、と見て見ぬふりをしてそのまま約1ヶ月。  時々は気になったんだが、父が『蓮見のガキ』と罵りながらも実力を認めている亨治さんと中等部時代戦友だったくせに高等部に進学した途端に前線から撤退した志雄が代行してくれているのに、甘えてしまったんだ。  2人に俺は深層心理で恨みがあったんだろうな。押し付けちまえ、と思わなかったわけじゃないんだ。  それと俺のサボりは別問題だと今なら分かる。  志雄はただ高等部1年生になるタイミングで心機一転趣味に走り出しただけだったし、実際手助けを頼めば環境改善まで含めて全力で助けてくれた。  亨治さんは自分の意思で蓮池の一族から飛び出したわけではなくて家業の失敗と本家であるうちが蹴出したせいの不可抗力なので、恨むなんてお門違いなんだ。むしろ、自分から切り捨てておいて引き合いに出す父にこそ、非があるというものだ。  亨治さんに叱られて、追い詰められていた心に余裕が戻ってきていたのと、亨治さんに助けてもらえる安心感もあったんだろう、客観的に状況を判断できる思考力が戻ってきたのが、4月のこと。  生徒会に戻ってからは、追い詰められていたのが嘘のように事態は瞬く間に好転していった。  落合は俺より一足先に通常業務に戻り、鐘崎は俺の説得と志雄の説教で渋々仕事に戻ってきて、秋山は予定通りの日程で生徒会室に戻ってきた。  志雄はそもそも他所の学校でいうところの放送委員会委員長と同等の責任ある立場だから、生徒会業務が軌道に乗ったら仕事から離れていったが。彼の助力には感謝しきれない。本当に助かった。  御薗は結局戻ってくることなく、再選挙で落選。鵜山兄弟は愛生と遊んでいる日々の中で堅苦しい生活が性に合わないと実感したらしく再選挙候補から辞退。秋山は落とす理由もなく再選し、鐘崎は学園で役職を勤めあげれば高等部卒業後は自由を認めてくれるという親御さんとの約束を果たすためにギリギリで再選。  減った3人の代わりに生徒会に加わったのは昨年まで中等部生徒会で辣腕を奮っていた1年生だ。どいつもこいつも2歳下とは思えない有能ぶりで、劣等感を否応なく刺激されるのだが。  そんな後輩たちは、案外体育会系気質があるようで、歳上というだけの俺でもちゃんと目上として立ててくれる。素直な後輩は普通に可愛いからこちらも甘やかしてしまうのだが、彼らが有能である故に前回と同じ轍を踏むわけもなく。  新制生徒会は和気あいあいとした雰囲気のままイベント前後の激務も飄々とこなし、上々の評価を得ることとなる。  旧帝大以外ならどこに進学するのも別に拘りはないためそのまま付属の大学部へ進学した俺は、そういえば腐れ縁だと気づいていなかった落合と経営学部でお互い切磋琢磨することになった。  元々落ち着いていた奴だったが、恋人を作って以来何やら将来に目標ができたようで、落合の日々は実に精力的で充実しているようだった。  おかげでつるんでいる俺もそれなりに実りの多い日々を送ることになった。  そんな中、なんと俺にも彼女ができた。  姉妹校である杏ヶ森女子学園出身の彼女はどうやら幼稚舎で一緒だったらしく、初対面で久しぶりと挨拶された間柄だ。覚えてなくて申し訳ない。  付き合ってみれば隠れ腐女子だったことが判明した彼女だが、その辺は志雄の例があるから問題にならず。ざっくばらんな性格が肩肘張らずに付き合えて馬があったのが決定打だった。  美人とはいわないし間違っても痩せているとはいえないふっくらした身体だが、独特な考え方と他人に対する優しさや厳しさ、笑うと癒される愛嬌の良さに惚れた俺は、多分見る目があると自画自賛する。  そんな彼女に高校時代の騒動を聞かせたのは、志雄が王道まっしぐらと評価したネタだけに彼女も楽しんで聞いてくれるだろうと思ったからだが。 「男子部でそんな騒動があったなんて知らなかったわ。大変だったでしょう。お疲れさま」  と、しみじみ労われてしまった。 「途中で逃げ出した俺は、そんな労ってもらえるもんじゃないぞ?」 「アンチなんて物語の中だから無責任に楽しめるだけで、本当に遭遇したら大変なんてもんじゃないわ。関わった全員が労われて然るべきよ。リコールとして処罰される生徒も出さずに軌道に戻せたのなら、十分に評価の対象だわ。貴方はもっと自信持って良いのよ」  いわれてみれば、一連の騒動で罰らしい罰を受けたのは愛生を裏口で入学させた元学園長くらいだ。  むしろ、何の瑕疵もない篠塚が風紀保護の一貫でD組落ちしたくらい。本人から言い出したクラス移動だから実際に罰を受けたわけではないが、あれはとばっちり以外の何物でもない。  解決に尽力してくれた亨治さんや志雄、風紀を支えた落合に騒動中不良グループを茅の外に置き続けてくれた日達、高等部進学早々から生徒会を手伝ってくれた坂之上の活躍あってこそなんだが。  俺もその列に加わって良いんだろうか。ちょっと後ろめたさが残るんだがな。 「ふふ。元苦労性俺様会長を射止めたなんて、我が腐女子人生に悔いなし、ね」 「苦労性ってのは否定しないが、俺様会長ってのは亨治さんみたいなのを云うんじゃねぇか? 興味あるならそのうち連れてってやろうか」 「ホント!? 本物の王道学園が見られるのね! 是非是非!!」  生BLに生MLhshs、などと大喜びではしゃぐ彼女に、最初は口から出任せのつもりだったのが本気で旅程計画を立てている自分がいて。  卒業式あたりにぶつければ女性が学内にいても問題ないだろうし、どうせ車でしか行けないのだからついでに落合も連れて行こうか、とか。  その日なら志雄もいるだろうしな。 『今が辛くても苦労した分未来は楽しく生きられるぞ』  小学生だった俺に亨治さんが言った言葉だが。  本当にそうだったな。俺の過去が惚れた彼女を楽しませる理由になるなら、それもまた楽しいものだ。  行き先が京都方面ならあれもこれもと楽しみを膨らませる彼女を見守りながら、自然と自分も笑っていた。  こうやって楽しく人生送れたら、最終的に俺の人生は幸せなんだろうな。  なんて思う、うららかなある日の午後の出来事。

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