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第2話 記憶<出会い>
一昔前に、僕は悪魔を助けた。悪魔といってもまだ幼く、生まれたばかりの、まだほんの数年しか生きていないような子供だが。
「 っう。うっ。 っ。」
出会ったのは、本当にただの偶然。
「うっ。ひっ。うぅっ。」
子供の泣き声が聞こえた。真夜中の公園で。こんな時間に外にいるのは危ない。魔物が徘徊するから。ただ、そう思って。様子を見ようとした、だけだった。
「……!」
泣いていたのは…悪魔だった。迂闊だった。悪魔と関わる事は禁じられている。それでもどうしたものかと悩んでいるうちに、悪魔のほうが僕に気が付いた。
「…天使!」
そう言って、今まで流していた涙を必死にこらえ、拳を握り締めてこちらを睨み付けてきた。潤んだ瞳と魂には穢れが無く、悪魔らしくない悪魔だと思った。唯一悪魔だと判るものといえば、頭に生えている双角くらいだ。なんだ?この悪魔。
「………」
完全に自分の世界に入りこんでいた僕に不信感を抱いたのか、悪魔の浴びせてくる視線が鋭くなる。そのことに気付いて悪魔に微笑みかけると、一層鋭くなってしまいもはや痛い。
(それにしても、酷い傷だな。)
悪魔の身体を見ていて思う。まだ幼く小さいその身体に、悪魔は無数の傷を負っていた。いくつかは、人ならば致命傷だろう。種族が幸いして、命ながらえたようだが。
(悪魔と関わることは禁じられているけど、さすがにこれはちょっと可哀そうだなあ。)
魂の練度と見た目からして、八、九歳くらい。悪魔のなかでは赤子どころか卵も同然の年齢だ。
「…深いのくらいは治してあげようかなあ。」
ほんの少しの同情。そこからすべては始まった。
「少しは楽になると思うから…」
そう言って傷口を光で包み込み、治していく。ただし深いものだけ。
「!」
悪魔がビクッと身体を震わせ、怯える仕草を見せる。それもそうだろう。本来ならば天使は悪魔を殺すのだから。中には、甚振り、弄びながらじわじわと殺していく者もいる。寧ろ、逃げないだけすごい。
「また明日来るからね。」
傷を治し終えると、僕はそう言い残してその日はその場を去った。
翌日、僕は予告した通り昨日の場所へ来ていた。
(ああは言ったけど、本当にまだいるのかな。)
少し期待も交えつつ、心の中でそう呟く。
「…やっぱりいないかあ。」
思った通り、昨日の悪魔はいなかった。
「でも折角来たんだし、もう少しゆっくりしていこうかな。」
少しの意地と、諦めと。入り混じった感情からそこに残った。
ガサッ。不意に、茂みのあたりで音がした。
「…!来てくれたんだね。おいで、他の傷も治してあげる。」
見ると、昨日の悪魔が茂みの中からちょこんと顔を覗かせていた。
「じゃあ、治していくね。」
ぽうっと、昨日治さなかったところにも光を滑らせ、細かい傷を治していく。
「……」
(僕、何時の間にこんな悪い子になったのかなあ。)
これは禁忌だ。天使の掟を破った僕は、罪人だ。きっと、その烙印が押される。逆十字の紋章が。
「はい、全部治ったよ。」
悪魔の身体からは、傷跡がすべて消えていた。
「…ありがとう。」
「!」
悪魔から発せられた声は少し低く、男の子なのだと分かった。
「どういたしまして。」
ぶっきらぼうに御礼を言ったその少年が可愛くて、思わず笑みが零れてしまう。
「なあ、」
浸っていたら、少年から声を掛けてきた。
「何で助けてくれたんだ?あんた天使だろ。普通俺を狩るんじゃないのか。」
当然の質問だった。天使が悪魔と関わる事…つまり縁を結ぶことは禁じられている。そしてそれは、悪魔も承知の上だった。殺すことで縁が繋がれることはあるが、助けるなんてことはまずない。縁は繋がれた瞬間早々に断ち切る。
「何でって…なんでだろ?」
「は?」
自分でもよく解らない。何故こんな事をしているのか。何故僕は禁忌を破ってまで悪魔を助けているのか。
「何でかなあ?」
何故。何故。何故。いくら考えても答えが導かれることは無かった。
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