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第16話 記憶<来訪者>
ロウの頭を撫ぜた後、シャワーを浴びて身体中に付いていた体液を洗い流した。そして、リビングで遅めの朝食をとった。
「あらためて、本当にごめん、レイ。」
向かいに座っているロウに、頭を下げて謝られる。
「だから気にしなくていいって言ってるのに。」
別にあれはロウが悪いわけではない。それに、
「それに、もし本当にあれが嫌で嫌で仕方なかったとしても、僕は慣れてるから平気だよ。」
(だって、勿論あれを神々…創造主にやられるのは嫌だけれど、それでももっと痛くて苦しい事を僕は既にされてるし。)
「は?」
突然ロウが目をひんむいてこちらを見る。何かおかしい事を言っただろうか。
「へ?は?慣れ…え?」
なるほど。どうやら慣れているというところに反応したようだ。混乱しているのか、頭の上にクエスチョンマークが三つほど見える。
「そういえば、ロウには話してなかったね。まあ、知らなくていいんだけど。この際話しちゃおうか。僕ね、天界では神様たちのお気に入りの玩具だったんだよ。」
ああ気持ち悪い。ロウにこんな事話して幻滅されたら嫌だけれど、もうそうも言っていられない。
「僕はね、僕を創った創造主に、ずっと神々の接待をさせられてたんだ。要するに、神様たちの玩具として貸し出されてたの。だから、爪を剥がれたり、バラバラに切り刻まれたり、肉片になるまで殴りけられては再生させられたりとか、そういうのも沢山あったんだ。あとは、そうだね…沢山犯された。声が煩いからとか、道具は動く必要がないからとか、そういう理由で拘束されたりして、三年くらい胎の中を掻き回され続けたこともある。気まぐれに孕まされたりとかもあったかな。子供喰われちゃったけどね。グシャッて目の前で。あとは人間が考えた処刑法とかも試されたかなあ。一番しんどかったのは何だったけ。あー、でも火でジリジリ焼かれるのは痛かったかなあ。」
すごく、すごく痛かった。でも、何度でも再生させられてしまうから、痛覚は一向に消えてくれない。だから、いつまでも苦しい。
「…何で笑ってられるんだよ。」
ロウが怒ったようにそう言う。何でだろう。
「何で?じゃあ痛がればいい?苦しがればいい?泣いちゃえばいい?でも、そんなことしても嗜虐心を煽るだけだよ。何も解決しない。圧倒的力量差の前なんだから、嵐が過ぎるのを黙って待つしかないんだよ。僕は人形になってないといけないの。」
反抗をしたことがないわけではない。でも、すぐに捕まって、折檻された。圧倒的な力を前にする理不尽を、知った。希望なんてそんなもの、捨てた。今回天界を抜け出せているのは、創造主が僕を放置していたからだ。興味を失ったように、捨てていたからだ。いつ取り戻してもおかしくないのに、僕は何を安心しきっていたんだろう。
「それでもっ。」
ロウが声を荒げる。今にも泣き出しそうな顔をしている。ロウは優しくて繊細だから、きっと僕の話を聞いて、傷ついて痛がってくれているのだろう。
(ほんと、いい子に育ってくれたなあ。)
僕のようなモノに育てられたのに、こんなにいい子に育ってくれた。それが本当に嬉しくて、自然と笑顔になる。
「レイってそんな顔もできたんだねー♪もっと僕にも見せてくれればいいのに!」
「「!!」」
突如、空から声が降ってきた。反射的にロウを庇う姿勢になり、ロウの下に転移の魔法陣を描く。
「…何の御用でしょうか、ロキ様。」
空中には楽しそうにくるくると踊っている創造主がいた。最悪だ。
「んー?言わなくても分かってるんじゃないのー?君は敏い子だったもんね♪勿論、他の神々に掻っ攫われる前に、僕のお気に入りの玩具を回収しに来たんだよ♪」
どうやらご機嫌なようで、鼻歌交じりにそう説明される。
「まあ、でしょうね…。」
(最悪。)
そんなことを思いながら、適当に相槌を打つ。
「それに…」
鋭い眼光で、創造主がロウを見据える。空気が一瞬ピリリと殺気立つ。
「君が拾ってた悪魔、実際に見てみたかったんだよね♪」
そして、すぐにそれが止む。
「いくらロキ様でも、この子は渡しませんよ。彼だけでいいので、逃がさせてくれません?」
創造主にそう問いかける。あと少し、あと少しで飛ばせる。
(ああもう何で妨害してくるの。)
普段は一瞬で飛ばせるのに、創造主に妨害されて術式の発動に時間がかかる。
「ふふっ♪いいよ♪僕別にその子にそこまでの興味ないしね♪」
まあ確かに、そうたいした興味はないのだろう。だって、この人がそうする気なのならば、もうとっくに連れ帰られているはずだ。
『レイ!やめろ!』
ふとロウの方を向くと、唇の動きでそう叫んでいるのだと分かった。
「ロウ、今から君を魔界に飛ばすから、あとは自分でうまくやってね。大丈夫。君は頭がいいから、すぐに馴染めるよ。じゃあね。」
ロウが陣に叩きつけている手に僕の手を重ねて、近づいた唇にそっとキスをする。
「見せつけてくれるねえ♪」
創造主がケラケラと笑っているが、気にしない。
『だめだ!レイ!行くな!行かないで!』
ロウが泣きながらそう叫んでいる。
(ごめんね、ロウ。ずっと一緒にいられなくて。)
「いつか会えたら、また一緒にご飯食べてくれると嬉しいな。」
(さようなら、僕の愛しい子。)
心の中で、そう別れを告げる。
「ばいばい。」
『レイ!!』
叫ぶロウに笑顔で別れを告げ、魔界へと飛ばした。
「あは♪まさか、放置してる間にレイが悪魔を拾ってるなんてね♪だめじゃない、掟に背い
ちゃあ♪」
本気なのか冗談なのか、分からないようなテンションでそう耳元で囁かれる。
「…傍観して放置していたのはあなたたちでしょう。」
(ああ、また戻るのか。あそこに。折檻かな。今度は何されるんだろう。)
そんな風に、思考を巡らせる。
「ふふ♪」
バキッ。瞬間、首を地面に叩きつけられた。
「 っ。」
痛い。
「ちょっと今回はおいたが過ぎたね♪だから、軽く千年くらい屋敷の地下に閉じ込めようと思うんだ♪大丈夫!プロメテウスに課せられたものほど酷くはないから♪ただ、魔物に喰われては再生するっていうのを繰り返してもらうだけ♪ね、らくちんでしょ♪」
どうやら、また魔物に喰われるらしい。皮膚を破られ、肉を裂かれ、骨が軋み折れる音。近しい日の感覚を思い出す。
「………。」
ドガッ。
「あ゛っ。」
黙っていると、腹を蹴られる。
「お返事は?」
幼児を窘めるように、創造主がそう尋ねてくる。
「…はい、ロキ様。」
これからされるであろうことにうんざりとしながら、ゆったりと答えた。
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