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いつまでも一緒に……。
★
走る万里 の前に、やがて巨大な城が見えてきた。
ガルト国にはなかった闇が頭上を覆っている。
居城に立ち塞がるのは漆黒の髪を持つ美しい魔王――ルーファスだ。
「来たか」
万里に気がついた彼はそう言うと、手にしている剣を構えた。
彼は万里と戦う気だ。
あんなに優しくしてくれたのに、彼は今、剣を構えている。簡単に切り捨ててしまえるほど、自分はそこまで嫌われてしまったのか。
そう思うと、万里の胸が張り裂けそうに痛んだ。
「万里、構えろ」
ルーファスは、万里が武器のひとつも持っていないことを知ると、もう一方の剣を万里へと放り投げた。
彼は礼節をわきまえた魔王だ。たとえ相手がどんなに気に入らなくても対等に扱う。
だからこそ、万里は彼を好きになった。
しかし、万里はルーファスと戦う気はない。
万里は静かに首を振った。
「そんなの無理だよ。できない」
「何を……?」
ルーファスにとって、自分はただの慰みものにしかすぎないのだろう。だが、それでもいい。好きな人の傍にいられるのなら、たとえ望まれぬ存在でも、傍にいたい。
「この国の人たちは、ガルト国の言いなりにはならないって。魔王に滅ぼされてもいいって言ってる。ねぇ、争いなんてやめて、みんなで一緒に暮らそうよ」
そこまで言うと、万里は口を閉ざした。
もしかしなくとも、万里がルーファスに言った、『みんな』の中に、自分は入っていないかもしれない。
彼はもう、自分を嫌っている。刃を向けているのがその証拠だ。
奴隷になるか、殺されるか。その選択を迫られた。
それでもすぐに自分を殺さなかったのは、彼なりの優しさだろう。
たとえ殺されても――それでも、万里は傍にいたいと切に願う。
だから万里は閉ざした唇をふたたび開いた。
「……ぼくは、貴方と一緒にいたい。ルーファスはぼくがいや? 追い出すほど嫌いになった?」
尋ねる声は震える。
どんなに覚悟していても、ルーファスに拒絶されるのは死よりも恐いのだ。尋ねた言葉に、しかしルーファスは小さく首を振った。
「そのようなこと……嫌うなど、できるはずがなかろう……」
ルーファスはあっという間に万里と間合いを詰め寄ると手にしていた剣を手放した。華奢な身体を抱き締める。
「ルー、ファス?」
いつだって万里を抱き締めてくれた力強いその腕は、けれども震えている。
「何故戻ってきた。せっかく俺から逃してやったというのに……」
その声はとても苦しそうだ。
もしかすると、自分を逃したのは彼なりの善意なのではないか。
自分を殺さねば向こうの世界に戻られないことを知っているから、それでわざと万里を突き放したのかもしれない。
万里は彼の心を垣間見たような気がした。
「好きなの……貴方と一緒にいたい」
どうか突き放さないでほしい。
切に願いながら、万里は細い腕をたくましい彼の腰に回した。
「あの馬鹿王子と同じことをするかもしれない」
それはルーファスが自分を玩具のように扱うという意味だろうか。
だったら構わない。もうとっくに覚悟している。
覚悟していても、やはり胸が痛いのには変わりない。
万里は唇を振るわせ、消え入りそうになる声を振り絞り、それでも想いを口にする。
「いいの。ルーファスなら、ぼく、玩具にされても平気。だからお願い傍に……」
「玩具? 万里? お前はいったい何を言っている……」
「嫌われているのはもう知ってる。ルーファスはぼくを慰みものにするんでしょう?」
覚悟して来たものの、やはり恐い。同性との情事どころか異性との経験がない万里は、ルーファスに何をされるのかさえもわからない。けれども好きな人の傍にいるためには他に方法がないのだ。
だったらそれでもかまわない。万里は感じている恐怖よりも、ルーファスの傍にいたいと思った。
「馬鹿な! 俺はお前を心から欲してっ!!」
そこまで言うと、ルーファスは気まずそうに口ごもった。
「えっ?」
心から欲する。彼はそう言った。
いったいどういうことだろう。
思ってもみなかった言葉を聞いた万里は、自分の耳を疑った。
まさか、もしかして……。万里の胸に期待が押し寄せる。
「ルーファスは、ぼくのことが好き?」
尋ねる万里に、ルーファスは唸り声を上げた。
何やらとても言いにくそうだ。
「いいじゃんねぇですかい? ルーファス様。正直に言ってくだせぇ。」
ルーファスの様子を窺っていると、武器を捨てる硬い金属音が前方から聞こえた。
「ルーファス様! 俺たちも万里ちゃんと一緒に暮らしたいです!!」
今まで黙っていた僕 たちが静かに口を開いた。
「そうだそうだ。魔王を辞めやしょう、ルーファス様」
「……お前たち。人間共――王族に復讐することが悲願だっただろう?」
「そんなのはもういいです。それよりも万里ちゃんと一緒に暮らしたいっ!!」
「そうだ、そうだ!! 戦なんて止めよう!」
口々にそう言うと、僕たちは手にしていた武器をそれぞれが放り投げた。
「万里ちゃん。どうか見放さねぇでくだせぇ。ルーファス様、すっかり落ち込んじまって大変だったんだよ」
「そうそう。ため息ばっかりでさ……」
「えっ?」
突然聞かされた僕の言葉に万里は驚いた。
それが真実なのかを確認するため、ルーファスを仰ぎ見る。
彼は唇を固く閉ざしているばかりだ。
「…………」
否定しないところからみて、おそらくそれは事実なのだろう。
「お願い、ルーファス。ぼくの傍にいて?」
様子を窺うように尋ねると、万里を包む彼の腕がいっそう強くなった。
「……わかった、緑豊かな静かな山奥で皆と共に暮らそう」
「ほんと? やった!!」
「だが、お前は救世主だ。俺を殺さねばお前は元の世界には戻れないぞ?」
喜ぶ万里だが、ルーファスは未だ顔を曇らせていた。
やはり心優しいルーファスは万里が元の世界に戻れないことを気にしていたようだ。
「いいの。僕の両親は小さい頃、僕を捨てたから……」
「万里……それは」
悲しい過去を想像し、ルーファスが顔を歪めた。
彼は優しい魔王だ。これだから、万里はルーファスに恋をした。自分を包み込むあたたかな彼の腕が恋しいと思うのだ。
「でもね、今はルーファスがいる……だから平気。お願い、ぼくは貴方の傍にいたいです」
万里はそれが本心だということを伝えるため、つま先立ち、そっと彼の唇に自らの唇で触れた。
するとルーファスは短く唸り声を上げ、やってきた唇を逃すまいと塞いだ。
これまで空を覆っていた闇が次第に消え、ぽっかりと空いた闇の隙間からは青空が見えはじめる。
どこかで小鳥がさえずっている。
「もう逃がさん」
ルーファスが言う。
「逃げないもん」
万里も負けじとそう言うと、彼のたくましい腰にいっそう強くしがみついた。
こうして救世主に見事丸め込まれた魔王は晴れ渡る青空の下、皆に見守られる中で幸せに暮らしました。
**END**
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