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物語の果てには……。
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斯 くして、魔王が君臨するガルト国は救世主の手によってではなく、民たちの一揆によってガルト王権が壊滅し、民百姓の国へと変わった。
国の名は、ガルト国改め、ルーファス国と名づけられ、人びとに愛される平和な国へと変貌を遂げた。
この国の名は魔王の名で、しかしこの国の魔王は民百姓から愛され、そして救世主からも愛されている人物であったことは言うまでもない。
魔王といえば、漆黒の髪に闇色の外套 を身にまとい、見る者すべてが畏怖 する存在ではあるが、この国の魔王は違った。
「魔王様、今日も豊作でさあ。受け取ってくだせぇ」
「……あ、ああ。いつもすまない」
「魔王様、こちらもどうぞでございやす。食物は実り、他国からの侵略も受けずにこうして皆、幸せに暮らせておりますのもすべては魔王様のお力添えあってのこと。ありがたや、ありがたや」
こうして民たちは惜しげもなく魔王城にやって来ては育った食物を持ち、拝み出す始末だ。
なんともおかしな光景ではあるものの、それもルーファスというこの魔王。実は可愛い物好きが功を奏し、皆から愛されていたりするからだ。
しかし、ただ一人を除いては……。
彼の名は姫乃 万里 。魔王ルーファスを討ち滅ぼすため、ガルト国とは違う異次元――日本という国からやって来た救世主だ。
年齢は十六で、華奢な身体に大きな二重の目が印象的な美少年だ。
その彼は今、巨大な城門に隠れ、恨めしそうにしてルーファスの広い背中を見ていた。
「おい、万里ちゃんがむくれてるぞ?」
「お前、話しかけてやれよ」
「嫌だよ。だって万里ちゃん可愛いけどもルーファス様のこととなったら恐いんだもん」
そう言うのはもちろんルーファスの僕 たち――つまりは悪魔たちである。
悪魔とはその名の通り、容姿は背には漆黒の翼を持ち、目付きが悪く、鋭い牙を持っている。
けれども、魔王が魔王なら僕も僕だった。彼らは食物を愛し、そして可愛い物を愛でる習性があったのだ。
「ルーファス様、万里様がむくれておりまする」
膨れっ面を見た村の女はルーファスにそっと耳打ちをした。その姿がまた、万里の癪 に触るのだから困ったものだ。
ルーファスは魔王だ。けっして人びとに愛される存在ではない。だからこうして民や百姓に親しまれているのは嬉しい。自分が好きになった人なのだ。皆に愛されてほしいと思うのは思うのだが、こうまで親しまれると万里の心に嫉妬というものが湧き出てくる。
しかし、それもほんの一時までのことだ。
「万里、どうした? まさかとは思うが僕たちに何かされたか?」
今まで以上に優しい声音で万里を気遣う魔王に話しかけられれば、すぐに万里の気分も回復する。
それは惚れた弱みというものだ。
万里はルーファスの腰にそっと腕を絡め、小さく首を振る。
それでも心配性なルーファスは、否定する万里の様子を窺うために顔を近づけ覗き込む。
「……っつ」
そうなってしまえば、万里の顔は真っ赤に染まり、まともにルーファスの顔を見られなくなってしまうのだ。
顔を逸らして俯けば、ルーファスの顔がくもる。
そうかと思えば万里の身体が突然宙に浮いた。
「ふあっ」
万里は突然のことに声を上げた。
「顔が赤い。風邪か? 皆、すまぬが今日はこれまでにする。万里の具合が悪いらしい」
ルーファスは人びとにそう言うと直ぐさま万里の華奢な身体を横抱きにして寝室へと急いだ。
「どうした? どこか痛いのか?」
寝室へと戻ったルーファスは万里を寝台へと座らせた。万里の顔を覗き込めば、依然としてやはり顔が赤い。
「胸が……」
「胸? 医者を呼ぶか?」
胸の痛みを訴えた万里に、慌てたルーファスが腰を上げる。悲しいかな彼は魔王で、医術を持ち得ていないのだ。
自分がもし、魔王ではなく救世主であれば、このような病気や怪我などもすぐに癒せるだろうに……。
今さらながらに自分の立場を思い知らされ、ルーファスはなぜ救世主ではなく人びとを――万里を苦しめるだけの魔王なのかと自分を責めた。
けれども、万里が煩っているのは病気ではなく、恋の病だ。ルーファスが自責の念に捕らわれることは何もない。
万里は慌ててルーファスの腰にしがみついた。
「違うのっ! ルーファスが皆に慕われて嬉しいって思うのに、ぼくの方がずっと好きって思ったら……胸が苦しくて」
「万里……?」
「ルーファスは、こういうぼく。嫌いになる?」
そんな嬉しいことを言われていったい誰が嫌うだろう。
「万里、そんなことはない。とても嬉しいよ」
ルーファスが言ったことは本当だろうか。万里が顔色を窺うと、薄い唇は弧を描き、目を細めて微笑を浮かべていた。
あまりの美しいその微笑に、万里の胸が大きく鼓動する。
万里がルーファスに見惚れていると、骨張った大きな手が頭を撫でた。
その大きな手が、心地好い。
「……よかった。ルーファス、大好き」
ルーファスの腰に巻きつけた腕をさらに強め、しがみつく。その愛らしい姿に、ルーファスもまた胸を高鳴らせていた。
甘い空気が寝室に漂う中、けれども長くは続かなかった。
「うわああああっ!!」
突然入口から現れた男たちの声と一緒に、山積みになって傾れ込んできたのは僕たちだ。彼らはあろうことか、ルーファスと万里の様子を覗き見ていたのだった。
「お前たち、そこで何をしている!!」
今はすっかりルーファスの優しい微笑は消えている。代わりに眉間には深い皺が刻まれていた。
「い、いえ。あっしらはその……なあっ」
僕が首を振り、仲間に助けを求める。
「へぇ、ルーファス様と万里ちゃんのイチャイチャを見たいだなんて、そんなことはけっしてありやせん」
別の僕が口にした。
「おいっ、言ってるだろうが!! 言うなよ阿呆!!」
打ち明けてしまった仲間の僕に怒る僕。
「……ほぅ?」
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