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そう言うと 雨宮さんは眉間に皺を寄せ ギロっと俺を睨みつけた。 「焼鳥屋のタレはな。手間暇かけて 作り上げるもんなんだよ。 それには最高の醤油。鶏ガラ。酒。その他諸々 何が欠けても旨くねえ。 うちのつくねで使っているタレだって 俺はまだ全然納得がいってねえんだ。」 ドンっとカウンターを拳で叩く。 横で真島さんが苦笑いを浮かべていた。 まあ。わかるけど。 雨宮さんは自信が無いものは出さない。 今 使って貰ってる塩だって 決めるまで 何度も何度も試して貰って やっと。 出す部位によってはうちが扱う塩は使って貰えないし それくらい拘りがあるのは重々承知してんだけどな。 「はい。」 とりあえず返事をして続きを待つ。 雨宮さんはカウンターにずらずらと醤油を 並べ始めた。 「色々試して結局これだっていうのが無い。 お前んとこの醤油もだ。だからタレは出してない。 九州醤油も試してみたがイマイチ使える物に 出会えなかったしな。そ・れ・が・だ。」 あー。 それで。 「森保さんの所に持っていった醤油ですか。」 そう先に口にすると そうだ!とドンっとまた カウンターを叩く。 「なんでお前はこれを俺んとこに持ってこねえ。」 えー。 それはちょっと横暴・・。 「だって。雨宮さん醤油のしょの字も 今まで言わなかったじゃないですか。 俺は塩に生きる!って前 宣言してましたよ。」 酔っ払ってだったけど。 取引先でも正直に。 思う事は口にさせて貰ってる。 なんでもはいはい。聞く営業にはなりたくない。 唇を尖らせると 真島さんはくすくす笑い 「この間。親方の所に行ったんです。 味の感想が欲しいって桜井が旨い照り焼き出したんで 大将面白くないんですよ。」 「うるせえ。お前は黙ってろ。」 雨宮さんはぷいっとソッポを向いた。

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