10 / 15

10.氷雨SIDE

ドクンッ、嫌な予感がした。 交流会の2日目の朝、目が覚めると全身から冷たい汗が流れた。 交流会の間は国の機密事項も取り扱うからか、一切外に連絡は取れない。 携帯等の通信機器や金銭類は全て初日に金庫に預けられた。 俺の感じる嫌な予感は泉里しか心当たりがない。 もうすぐ始まる発情期。 薬はきちんと服用してるのだろうか。 こんなにも長い間側に居ないのは初めてだ。 1人で大丈夫なのか? 嗚呼、今すぐ側に行って顔が見たい。 声が聞きたい。 何故自分は此処に居るのだろうか? そう悔いたが、代表に選出されてしまった時点でこれは抗えない事だった。 嗚呼、せめて少しでも早く終わってくれ交流会。 願うが、まだあと5日間もある。 交流会は毎年短くなる事はないが、長引く事はある。 もしそうなったら余計泉里に逢えるのが遠ざかる。 泉里、泉里。 どうか無事でいてくれ。 冷や汗も嫌な予感も全て杞憂であって欲しい。 必死に願った。 交流会では各学校の近況や今後の方針を報告しあったり、意見の交換をしたり、研究発表をしたりした。 医療の発表もあった。 性別を変える薬やΩの発情を完全に抑える薬の研究を今していると口にした白衣を着た偉そうな人は恐らく何処かの大きな病院の病院長なのだろう。 専門的な話を沢山した。 まだまだ研究段階だが、実用化されると有り難い話が沢山あって、聞いていて心が踊った。 父の会社に就職するのも良いが、将来医学の道に進むのも悪くないかもしれない。 交流会は有意義な時間で、膨大な知識を得る楽しさに俺は夢中になった。 予定より長引いた交流会。 約2週間もあった。 楽しかったが、泉里は大丈夫だったのだろうか? 確実に訪れたであろう発情期。 薬で抑制されているから大丈夫だが、今迄休みの間は出来るだけ学校に居ない時間は一緒に居た。 俺が居なかったから1人で過ごしたのかな?1週間。 寂しかっただろうな。 仕方ない事とはいえ、悪い事をした。 帰ったら沢山優しくして甘やかしてやろう。 そうだ、今日は泉里の好きなケーキを買って帰ろう。 甘い紅茶も用意して一緒に食べよう。 久々に逢える。 嬉しくて、上機嫌で帰宅したのだが 「なんで?」 家に泉里は居なかった。 「泉里は?」 使用人に聞くと 「今は逢えません」 言われた。 どういう事だ。 学校か? 「おかえり氷雨くん」 目の前に現れたのは泉里の父親。 「はい。今戻りました。あの、泉里は何処ですか?帰宅した事を告げたいのですが」 「………すまない氷雨くん。泉里には後1週間ちょっと逢えないんだ」 え? 「薬を変えさせたのは君かい?」 「はい。側に居てあげれないので心配だったからいつもより少し強めの薬にして貰いました」 「そうか。泉里を心配しての判断だったんだね。だが、それは誤った考えだったよ」 どういう意味だ? 「投与した薬が合わなくて副作用が出たんだ。同時に今迄薬を過剰摂取させ過ぎていた影響が一気に来て、投薬が出来なくなった。時期が悪かった。発情期直前に投薬不可能な状態に陥ったらどうなるか位君にも分かるよね?」 「……………っ、まさか」 薬なしで発情期に突入したら大変な事になる。 泉里はキスさえまだだったんだ。 それなのに突然発情したら、考えただけで胸が痛くなる。 怖くて堪らなかっただろう。 初めて襲い掛かる熱。 発散させても絶え間なく続き、消えない欲情。 でも一体どうやって乗り越えたんだ? そして今何処に居る? 「本当は氷雨くんに頼むつもりだった。だが今回は仕方なかったから代理に頼んだ。あと1週間で薬が抜けて1ヵ月経つ。精密検査をして異常がなければ今迄の生活に戻れる筈だ」 代理? 戻れる? って、今どういう状況なんだ? 「あの、泉里は何処に居るんですか?」 「鳳千空くんを知っているね?同じ学校に通っている。彼に泉里を任せた。今泉里は彼と2人で離れの屋敷に隔離されている。安心してくれ。フェロモンのバランスが激しく崩れているから妊娠は恐らくしないし、鳳くんには泉里の項を噛まない様に頼んでいる」 ドクンドクンまるで全身が心臓になった様に煩い。 身体中から血の気が無くなった様な気がする。 目の前が真っ暗だ。 発情期、隔離、妊娠、項。 連想されるのは1つしかない。 それは、今現在泉里が鳳に抱かれているという事だった。 初めて写真を見た時から惹かれていた。 実際に逢ったら完全に心を奪われた。 自分だけに心を許して、自分だけに頼る。 俺にも泉里にも互いが全てだった。 いつか結婚する事は避けられない決定事項。 だがそれ迄は泉里は俺だけの宝物。 そう思い、大切に大切に甘やかしてきた。 初めての精通は泉里を思ってだった。 だが、醜い欲望で汚したくなかった。 本当は抱き締めてキスして本能のまま愛したい。 だけどそれ以上に大切にしたかった。 なので必死に我慢して何もしなかったのに、まさか鳳に汚されるとは思いもしなかった。 「今すぐ行って泉里を連れ戻します」 離れに行こうとしたのに 「駄目だ。今回の件は氷雨くんにも非がある。副作用を引き起こしたのは急に薬を変えたせいだ。それに今回は此方から鳳くんに頼んだんだ。完全に症状が落ち着いて日常生活に戻れる様になる迄氷雨くんには泉里に逢わせない。それが君への罰だ。辛いだろうが、我慢してくれ」 受け入れたくない命令で行動を規制された。 「離れの屋敷には施錠をしているし、警備も置いているから安全面は大丈夫だ。食事はきちんと此方から提供しているから安心して欲しい」 警備や生活においては安全だが、身体はもうダメだろう。 恐らくもう完全にΩが全面に出ているに違いない。 たとえ無事日常生活に戻れたとしても今迄みたいにαとして振る舞えるのだろうか。 多分無理だ。 もう前と同じには戻れない。 全て俺のせいだ。 俺が勝手に薬を変えさせたから。 俺が側に居なかったから。 全て、全て俺の判断ミスが招いた。 取り返しの付かない事をしてしまった。 だが、もうどうする事も出来ない。 賽は投げられた。 覆水を盆に返す事なんて不可能なのだ。 嗚呼、もう………どうする事も出来ない。

ともだちにシェアしよう!