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第36話

「飲み物持ってくるから、先に部屋行ってて」 「うん」 母家のじいちゃんばあちゃんに「ただいま」と声をかけて、俺は隣に建つ自宅にあおを招き入れた。 鍵を開けてあおに声をかけると、俺はキッチンへ。コップと麦茶とお菓子を持って自分の部屋に行くと、勝手知ったるあおはお気に入りのクッションを抱えてラグに腰を下ろしていた。 「ムーンライトいる?」 「いる。七織それ好きだよね。あとバームロール」 「ルーベラも好きだよ」 気に入ったら同じのずっと食べ続けちゃうからな。それを知ってる母さんは、定期的に俺の好きなお菓子を買ってストックしてくれている。 「…あのさ、」 「うん」 何を話そうとしてるのかを、あおは分かっている。 「あの、俺ね、圭典のことが好きだった。特別な意味で」 「…うん」 「気づいてて、知らない振りしてくれてた、よね」 「…七織が、自分で話してくれるまではいいかな、って思ってた。そういうのって、繊細な話だし」 あおの指が、コップの縁をそっとなぞった。 俺はそれを視界におさめながら口を開いた。 「…叶うわけないって分かってたけど、でも、実際彼女できちゃうと、何て言うか…現実を見せつけられるって言うか…強制的に分からせられるって言うか…、もう、無理なんだなって」 声が震えて、視界が滲む。 嫌だ。泣きたくないのに。 息を詰めて、ぐっと奥歯を噛む。 「でも…見るのもつらいのに、それでも圭典を探して、自分で傷ついて。何してんだろ、って…諦めたい、のに、ずっと諦められなくて…」 だって、いつからか分かんないくらいずっと、圭典が好きだったから。 「…佐田さん優先なのも当たり前なのに、それもつらくて…。もう、どこにも…俺の、生活の中に、圭典はいなくなっちゃったのに…」 朝も昼休みも帰りも、もう、どこにもいなくなってしまった。 それでも、それでも諦められなくて。 「でも、今日、やっと分かった。圭典が好きなのは佐田さんで、そばにいて欲しいのも佐田さんで、圭典の隣に…もう俺の居場所はないんだな、って。やっと、そう、思えたんだ」 すごく時間はかかってしまったけど。 「…仕方ないことなんだ、って…思ったんだ」 ぱたりと音がして、テーブルに透明な滴が落ちていく。泣きたくなんかないのに。 「――七織」 あおが俺の頭に腕を伸ばして、そのまま自分の胸に抱き込んだ。

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