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第73話

「でもさ、あっしくんや由音といると、そういうのいちいち気にしなくて大丈夫なんだなって気づいた。だから…すごく楽だし、何か言っても受け入れて貰える安心感って言うか…、一緒にいるの、好きだなぁって」  「よりが聞いたら喜ぶな」 あっしくんはそう言って笑う。 「七織が色んなこと気にしてたのって、そういうことだったんだな。嫌われたくない相手がいたら、自分の言動は気になるよな。どんなことがマイナスになるか分からないし」 「うん。でもね…ずっと、しんどかった。それも気づいたの最近なんだけどね。その人の特別になりたかった。…なれなかったけど。でも、なれなくて良かったのかもしれないって、思えるようになったんだ」 「そういう…自分の言葉とか反応とか、ずっと気にし続けるのは確かにしんどいよな。特別になれなくてもいい、って吹っ切ったら楽になった?」 そう問われて、俺は考える。 「完全に吹っ切れたわけじゃないけど、何ていうか、俺じゃないって納得できたから…今は楽かな。納得してても、たまにちょっとだけ、苦しくなる時もあるけど」 「時間かけて好きだったんだから、それは当然なんじゃねぇの? そんなすぐに気持ちはなくなったりしないだろ」 いいんだよ、ゆっくりで。 そう言ったあっしくんの声は優しくて温かくて、俺は少し泣きたくなった。 早く変わりたかったし、早く平気になりたかった。でも、そうじゃなくてもいいんだ。まだ、苦しくてもいいんだ。 ずっと、好きだったんだから。 「それに、もっと七織を大事にしてくれる相手が、意外と近くにいるかも知れないしな」 「え、」 俺が顔を上げた時、ちょうど由音が向こうから歩いて来るのが見えた。 「もう買えたのか?」 あっしくんに声をかけられた由音は、若干げんなりした表情で口を開いた。 「人がすごくて…」 「日高くんは?」 「すごい器用に人の間抜けて移動してたよ…」 「置いてかれたんだな」 「イエス」 仕方ねぇな、とあっしくんが立ち上がる。 「俺が代わりに行ってくるから、七織と一緒に待ってろ」 「あっくんありがとう!! 神!」 「人間。何買ってくればいい?」  「あ、えっとね…」 由音が見せたスマホの画面を写真に撮ると、あっしくんはさっさと人混みに姿を消した。 「俺と身長変わんないのに何であんな器用に入っていかれるんだと思う?」 「うーん…身のこなし?」 「…俺もキックボクシング始める…?」 そうじゃないと思う。

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