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第98話
「圭典ってずるいよね。自分はきれいなままでいて、相手にだけ嫌なこと押し付ける。七織のためじゃなくて自分のためでしょ」
痛いところを的確に突いてくるのは、あおいだからか。
「大体ほんとに七織のためって思うなら、ちゃんと自分の口から説明すべきだろ」
「それだと傷つけるだけだろ」
「バカじゃないの? 自分が傷つきたくないだけでしょ。七織のせいにすんなクソが」
ぺっ、と吐き捨てるようにそう言って、あおいは俺の足を踏んだ。それはもう、堂々と。
一言文句を、と思って顔を上げたけど、真っ直ぐ俺を見る強い視線に射抜かれて口を開くことすらできなかった。
「いつまでも七織に甘えてんじゃねーぞ」
視線と同じくらい強い口調で言われたそれに、俺は返す言葉もなくて。
「七織の気持ちは完全無視で、だけど七織が自分を気にしてるのは心地いいとか思ってるだろ。俺好かれてる、って気持ちよくなってるだろ」
「…っ」
「最低」
あおいはそれだけ言って俺に背中を向けると、一切振り返りもせずに去って行った。
俺は、何も言えなかった。
七織の気持ちを迷惑だと思ったことはない。『まずいなぁ』っていうのは、自分が求める七織との関係と違うから。ただそれだけ。俺に恋愛感情を向けるのは違うんだということに気づいてほしいだけ。
なのに。
まだ自分の方に視線が向いているその事実に、あおいの言う通り、俺は嬉しいと思ってしまっていた。
――俺、ずるい。
それを自覚してから、余計に七織から遠ざかるようになってしまった。だけどそれが自分をも苦しめるなんて、俺は気づいてすらいなかった。
彼女が求めるから。それを理由に七織から離れるようになって、どれくらい経ったのか。
あれ。と気づいた時には、七織の視線は少しずつ俺から外れるようになっていた。強烈な熱さじゃなく、しっとりと滲むような控えめな熱は、ゆっくりゆっくり冷めて行って。
髪を染めた七織を見た時湧き上がったのは、怒りと嫉妬だった。俺は何も聞いてない。七織の柔らかな黒髪が好きだったのに、何で。
俺じゃないやつの隣でそんな嬉しそうに笑って。俺じゃないやつらと親密そうなハグまでして。
俺はもうずっと、七織の笑ったところも見てないし、七織に触れてすらいないことに気づいてしまった。
今まで俺の隣に全部あったはずなのに。
変わっていく七織を受け入れることができなくて。七織は俺がいなきゃダメなんじゃないのかよ、って。
俺は、七織がいなきゃ、ダメなのに。
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