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第109話

「あっくん、隣見て。七織が可愛い顔してるよ」 「見なくていいですっ」 慌てて両手で顔を隠すと、昨日みたいに宥めるように背中をトントンされた。 そうすると必然的に昨日のことを思い出して、手の感触を思い出して、キレイに割れた腹筋の感触まで思い出してしまって、羞恥で身を震わせることに。やばいぞ、俺。 「大事にされる感覚、覚えた方がいいよ。七織は」 あおがそう言うから、俺は思わず顔を上げた。 「自分が信頼してる相手から大事にされるのってどういうことか、分からせてもらいなよ」 「日高くんの言い方が不穏」 「幡中も全力で分からせてやって」 「そうだな」 そうだな!? 「おっ、おてっ」 「お手?」 「お手柔らかに、お願いします…」 「いい。幡中、手加減無用」 「日高コーチ、スパルタ〜」 由音は楽しそうだな? 「でもま、嫌われたくねぇから気長に行くわ」 あっしくんはそう言って俺を見ると、ふ、と柔らかく微笑した。その笑顔が俺にはあんまりにも甘すぎて、燃えるように顔が熱くなる。 ダメだ。だって何か、昨日から心臓おかしい。苦しい、けど…何で…それが嬉しいって思うんだろう。 それに俺…あっしくんのこと嫌いになんか、ならないのに。 そういうのを、ちゃんと口に出していったほうがいいのかな。俺はそろりとあっしくんを見上げた。 「…嫌いになんか、ならないよ」 だって。 「嫌いになる理由、ないじゃん」 「…そうか?」 「そうだよ。だって俺ちっちゃい頃からあっしくんのこと好き…あ。」 「大丈夫、分かってるから。ありがとな」 不用意だった。そう気づいて口を噤んだけど、あっしくんはカラリと笑って流してくれた。 何かもう…俺のこういう所…。 「気にしなくていいって。七織の素直なところもいいと思ってるから」 あっしくんはそう言って、それより、と話題を変えた。 「昨日、くろぼしっていうラーメン屋行ったんだけど」 「あ。それ近所にできたやつ! どうだった?」 あっしくんが振った話題にあおが乗って、由音も「それって移転して来たやつでしょ? この前ネットで見た!」って話に加わって、俺の失態はサラッと流れていった。 多分あっしくんは、俺が必要以上に気にしないように、って考えてくれたんだろう。ここで俺が蒸し返すのは違うよね。 でも。 「今度一緒に行く約束したから、行こうね」 今はまだ同じ好きじゃなくても『好き』なのは本当で、俺は変わりたいと思ってるから。

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