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第8話 続・山田オッサン編【6-2】#

「それも早稲田にいるとか言って」 「早稲田?」  土地勘もなければ行った憶えもない。 「現在地を送れっつったらやり方わかんねぇとかお前が抜かして、そしたらツレの野郎が教えてくれてるみてぇで」 「親切じゃねぇか」  どんなヤツだか、さっぱり憶えてないけど。  いや、さっぱりは言い過ぎか。1軒目で酔っ払うまでの記憶を手繰れば、リーマンだったという以外にツラもナリも憶えてないけど多分同年代……  ぼんやり考えてたら、同居人の冷たい声に遮られた。 「電話の向こうの馴れ馴れしい空気感がたっぷり伝わってきたけどな」 「──」 「とにかく、そんで大体の場所がわかってタクシーで行って最後は電話で呼び出したら、その早稲田野郎とじゃれ合いながらゴキゲンで出てきやがって」 「……で?」 「お前をタクシーに押し込んで帰った」 「──」  我ながらなかなか自由奔放な振る舞いをしたようだ。が、不可解なことに、そのわりに同居人の機嫌はそれほど悪くはない。  煙草を灰皿に捨てる佐藤の仕草を見ながら、山田は慎重に口を開いた。 「──んで、シャツのコレは?」 「だから……」  佐藤は言いかけて溜息をつき、続けた。 「俺はそのとき、先方のオッサン行きつけの2丁目のおかまバーにいてな?」 「マジ?」  思わずニヤけると目で怒られた。 「全部いっぺん話してるけどな、ゆうべ」 「何度も言わせてすみませんね」 「まったくだ。んで、お前を拾いに行くために先に帰ろうとしたら、ゴッツいオカマが帰らせまいと縋ってきて付いたのがソレだっつーの」 「え、じゃあオカマの口紅?」 「だったら何だよ?」 「いや、相変わらずオンナにモテモテだな佐藤」 「お前そうやって笑ってるけどよ、ゆうべはそれ見た途端、オンナと会ってたんだろう口先野郎とか何とか大騒ぎしやがったんだぜ? 自分の行いを棚に上げて」 「えー、オレ言わねーと思うんだけどなぁ、ンなコト」 「言ったんだよ」 「俺が憶えてねぇのをいいことに、ちょこっと作ってねぇか?」 「いちいち捏造してどうする」 「おかまバーどうだった?」 「どうもこうもねぇ」 「飲み、途中で抜けて大丈夫だったのか?」 「大丈夫かどうかは週が明けてみねぇとわかんねぇよ」 「怒ってねぇの? 佐藤お前」  ソファの上で膝を抱えた山田に、佐藤はちょっと無言で目を寄越した。  怒ってないワケはない。だからこその、深夜のあの激しい行為に違いない──といっても一部しか憶えてないけど、ともかく。  案の定、佐藤は言った。 「すげぇ怒ってたけどな」 「だよな」 「まぁでも、お前のアレを聞いたらなぁ」 「は?」  佐藤が前屈みに手を伸ばし、テーブルのポリ袋からビールを抜きながら山田に横目をくれた。その口元が感じ悪い笑みに歪んでる。 「ま、アレに免じて今回は大目に見てやるよ」  言って、プシュッと缶を開ける佐藤。 「え? アレって何?」 「憶えてねぇんだろ? やってる最中、自分が何言ったかも」 「ねぇよ! 何だよ?」 「教えねぇ。あの発言は全部、迷惑料としてもらっとく」 「だから何だよ!」  ──てか、全部? てコトは、何かひとことじゃねぇってことかよ?  ニヤニヤ笑って答えない同居人を前に、山田は仏頂面で煙草を咥えて火を点けた。 「ただし大目に見るっつっても、繰り返されんのは勘弁してほしいからな。お前は当分ひとり呑み禁止だ、山田」 「わかったよ、貞淑なツマを演じてりゃいいんだろーがっ?」 「貞淑というにはベッドでエロすぎるけどな」 「ナニ言ってんの? オレは貞操帯の鍵を失くしちまった人跡未踏の紅顔のピーターパンだぜ?」 「どんなにウソくさかろうが、そういう言い方されると余計に踏み荒らしたくなるのは男のサガか?」  唇の端で笑ったまま、佐藤は缶ビールを傾ける。  いま聞いた話が全部事実なら、そこそこの出来事だ。が、その大事件をもってしても尚、それを帳消しにした上、コイツをこんな上機嫌にできるような何かを言ったんだよな? オレが?  ──それも、なんかいろいろ?  まるで記憶にない己の姿に慄く山田に佐藤が近づき、唇が重なった。  軽く触れて離れ、また触れて戯れるように交わし合い、煙草の灰に気づいて中断する。  煙草を捨てて再び唇を合わせ、気がついたら仰向けに佐藤の体重を受け止めて舌を絡ませていた。  同居の再スタートからこちら、佐藤とキスするのもずいぶん平気になったという自覚はあった。でもこうしてそれを意識した途端、やっぱりちょっと腰が引けてしまう。  佐藤の項に手のひらを滑らせ、山田はさりげなく顔を背けて逃れた。すると唇が顎からノドへと滑り、弱い部分を甘噛みされて身体が跳ねた。 「あんだけしたのに、まだすんのかよ?」  いつの間にかTシャツが鳩尾まで捲れ、スウェットとパンツが腰から剥かれかけていた。 「あんだけってお前、憶えてねぇんだろ?」 「途中ちょっとだけ憶えてる」 「ちょっとってどのへんだよ」 「いや、どのへんつっても……お前がスッゲェ機嫌悪そーにオレのケツを掘ってるとこあたり?」 「ふーん?」  相槌を打った佐藤のツラは、この上なく楽しげだ。 「なんだよ?」 「なんでもねぇよ?」 「オレ何言ったんだよ?」  訊くと、同居人の笑みが最高に意地悪く深まった。 「お前、すっげぇ可愛かったぜ?」 「はぁ!? なんだよ!」  ──だからナニ言ったんだよオレ!?  捕らえられてる脚をバタつかせて暴れると、いきなり真ん中のヤツを握られて山田は仰け反った。 「くっそ……終わったらラーメンもっかい食うからな!」 「好きにしろよ」 「味玉とチャーシューとモヤシとネギとメンマのっ、スペシャル盛りなんだからな……!?」 「わかったわかった、全部載せで食え。まぁ俺はコイツひとつで満足だけどな?」  同居人はそう言うと、掴んだヤマダに舌を這わせて頭から喰らいついた。

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