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第9話 続・山田オッサン編【7】

 たまに顔を出す焼鳥屋には、レディースデーならぬオッサンデーなるものがある。  文字通り、その夜はオッサンしか入店できない。  しかも山田たちと年齢の変わらない店主は、オッサンの定義を厳しく設定している。つまり厳選されたオッサンども限定の夜なのだ。  まず戸籍上の性別が男であること。年齢は30歳以上。写真付身分証提示。  上記の条件を満たしていても、細っこくて顔が小さくて肌がキレイめな野郎はNG。  初めてオッサンデーに訪れたとき、山田は叩き出された。  こんなに中身がサンオツなのにかよ!? と抗議したがアバタ面の顎ヒゲ店主は、中身だけでいいなら戸籍上オンナでもオッサンなヤツは山ほどいる! と聞き入れてくれず、しかしそのやりとりを見ていた常連の、年季の入ったバリバリのサンオツが助け舟を出してくれて無事、仲間入りを果たすことができた。  そして先週は初見の鈴木が危うく叩き出されそうになり、顔のサイズが辛うじて山田以上だった──身長に比例しただけの僅差であろうと──おかげで渋々入店を許された。が、店主はオッサン設定がなし崩しに瓦解していくんじゃないかと気が気じゃない様子だ。 「そもそも、山田さんほど華奢じゃないっすよ」  失礼な、とでも言いたげな鈴木に山田が噛みつく。 「俺のどこが華奢なんだよ? この筋骨隆々にナニ言っちゃってんの鈴木? アゴなんか真っ二つに割れてんだからな」  ツレの鈴木と佐藤と、ついでに周りにいたオッサンたちが一斉に山田を見た。  白シャツの半袖から伸びる肘の関節付近は下手な女子よりスッキリしていて、下手な女子にやっかまれかねない顔面サイズの先端は、そこらの下手な女子が片手で砕いてしまえそうな骨格の顎だった。  これで紅顔の美少年なら老若男女にモテまくるんだろうが、厚顔の平々凡々な山田も30半ばになって尚、何故か相変わらずモテた。とりわけ、抗いようもなく琥珀色の炭酸飲料に吸い寄せられるかのように、サンオツどもが群がってくる。  その謎は周囲の山田宇宙人説と約1名のストレスをどんどん色濃くしていくものの、それはまた別件。  宇宙人はさておき数日後、オッサンデーじゃない日に今度は乙女ゲー王子も連れて行った。 「本田は30歳になってもNGだろうなー、オッサンデー?」  テーブル席が埋まっていたためカウンターに4人並び、ハツの串にかぶりつきながら山田が言った。 「えぇ、そんなぁ。僕だってその頃には立派に仲間入りを果たせますよう」  山田よりも長身のクセに山田と変わらない外径、そのてっぺんに載っかる乙女ゲームの王子様ヅラにチラリと目をやった店主が、カウンターの向こうで無言で首を振った。その髭ヅラには『余地ナシ』とデカデカ書いてある。  それを見た山田が「な」と言い、佐藤も気の毒そうに「諦めろ」と言い、最後に鈴木が言った。 「本田くんが行けるのはレディースデーくらいなんじゃない」 「鈴木さぁん、またそういうこと言うー」  本田が身を乗り出して、佐藤と山田を挟んだ向こうにいる鈴木を恨めしげに覗き込む。 「ほらほら、その喋り方もね。もう、中身から入れ替えないと無理だよね」 「喋り方と中身は関係ないですよう」 「でも外見と喋り方はピッタリ合ってるよ?」 「てか、なんでこの配置なんだ? お前ら隣に座れよ」  鈴木の隣で佐藤が言って煙を吐く。 「お構いなく」 「いや、こっちが構うっつーの」 「店長、5年後どんなふうになってたらオッサンデーに入れてもらえるんですかぁ?」  カウンターの中に訊いた本田を、顎ヒゲ店主がジロリと見た。  30まで5年もあんのかよ、とボヤく山田の声に店主の答えが重なる。 「どんだけオッサン化するつもりがあるのか、その五カ年計画のプランを聞かせてもらおうか?」 「え、じゃあ……まずヒゲを生やしますっ」 「ほほぅ」 「ジムに通ってムキムキに鍛えて汗臭くなりますっ」 「楽しみだな、そりゃ」 「汗もフレッシュシトラスの香りとかじゃねぇのかよ? どーせ」  これは山田。 「それからスキンヘッドにして」 「おぉ、いいな」 「なんかヘンな方向に向かってねぇか?」  これは佐藤。 「それから……えっと」  早くもネタが尽きてきた乙女ゲー王子の目が心許なげに彷徨い、デカイ鶏団子が2つ刺さった皿の上の特製つくね串を見て、隣の山田を見て、その隣の佐藤を見て、最後に一番遠い鈴木を見た。 「そうだ! 5年後までに鈴木さんのオカマを掘ってオトコになりますっ!」  その瞬間、店中の客が振り向き、カウンターの中のヒゲ店主が「よし! 童貞を捨ててこい!」と力強く頷き、鈴木係長が2人の先輩を見て言った。 「そいつ5年以内に殺していっすか」

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