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第10話 続・山田オッサン編【8】

 同居人と2人で買い物に出たついでに妹の部屋に立ち寄ると、ちょうど佐藤弟がいて次郎と遊んでいた。 「お前ら、別々の家賃払ってんのもったいなくねぇの?」  出てきた麦茶を啜りながら山田が訊くと、妹と弟は顔を見合わせてから山田に顔を戻し、 「別に?」 「いや?」  とそれぞれ答えた。 「適度にお互いのプライバシーが守られてて快適よ?」  言った妹を見てから弟を見ると、 「俺はやっと実家出たばっかで、まだ独り暮らしを満喫してるとこだし」  言った弟の胡座の間では、次郎が幼児にしては真剣すぎるツラでブロックを組み立てては壊していた。 「お前ホント、長いこと甘ったれてたよなぁ」  弟の兄が言い、途端に弟が険しいツラになって兄を見た。 「家出て2、3年でイチさんとこに転がり込んで10年も居候してたヤツに言われてくねぇな」 「家賃払ってたんだから文句言われる筋合いはねぇ」 「入居時の初期費用とか払ってねぇじゃん」 「お前の口からそんな単語を聞く日がくるとは思ってなかったぜ」  そんな兄弟のやりとりを、紅一点の山田妹は微笑ましげに聞いている。 「ん? てか、兄貴がイチさんとこに転がり込んだのって俺の今のトシとそんな変わんねぇよな?」 「あぁ? そーだっけ」  これは山田。 「てコトは家出た時期って2、3年ぐらいしか違わねぇってコトじゃん? エラそーに言うんじゃねーよ兄貴、てか俺もイチさんトコに転がり込めば良かった……! 兄貴んトコに行っちゃう前に!」  頭を抱える未来の夫候補を、山田妹はやっぱり微笑ましげに眺めている。 「いや、ここ独り暮らし用だし」  山田兄がツッコむと、そういう問題じゃねぇってツラを佐藤兄弟が同時に向けてきた。  山田は速やかに視線から逃れて妹を見た。 「それはそうと、いつ結婚すんだよ?」 「そうねぇ、ケンジくんの気が向いたらかしら」 「オレはいつでもスタンバイOKだぜ、シオちゃん!」 「……だってよ?」  山田兄は言ったが、佐藤兄が眉間に皺を寄せた。 「つってもお前、結婚資金はあんのかよ?」 「んー、そこそこ? ギリギリ?」 「お前な、できねぇ約束はすんなよ?」 「兄貴こそ、できねぇ約束してんじゃねぇの? イチさんに」 「してねぇよ」 「もうオンナとは遊ばねぇとか口約束しちゃってんじゃねぇの?」  山田兄が佐藤兄を見て、その視線を受けた佐藤兄が己の弟に険しい目を向けた。 「口約束じゃねぇし」 「いやしてねぇし、ンな約束」  同時に言った同居人同士が目を交わし、そんな2人を佐藤弟の視線が舐め、山田妹はやっぱり微笑ましげに眺めていた。 「したじゃねぇか」  佐藤兄が言い、 「いやナニ言っちゃってんのオマエ?」  山田兄がシラを切り、 「イチさん、クソむかつくけど兄貴とデキてんのはとっくに知れてんだからさぁ」  佐藤弟がムクれて、 「約束、したの? してないの? 佐藤さん」  山田妹が腹違いの兄とは似ても似つかぬ美しい瞳で佐藤兄を見据えた。 「したよ」 「じゃあいいです」  なんだかよくわからないところに着地した。  とにかく、するならさっさと結婚しちまえよと適当に唆してアパートを出ると、大家の野島に出くわした。 「あ……どうも山田さん」  言った野島はどこか落ち着かない風情で佐藤にも会釈を寄越し、足早に自宅へと去って行った。  いつ会っても何だか挙動不審な大家だ。山田は思った。  が、まぁどうでもいい。  クソ暑いなか一番近いスーパーにブラブラ向かいながら、2人はそれぞれ煙草を出して咥えた。 「なんかさぁ、こう、もっと普通サイズのスーパーがあるようなとこに住みてぇなぁ」  火を点けながら言った山田を佐藤が見た。  この辺りには、コンビニに毛が生えた程度の都市型小型スーパーしかない。 「そしたらさぁ、もっと料理のレパートリーも広がると思わねぇ?」 「それ作んの俺じゃねぇのかよ?」 「悪ィかよ? 家事分担だろ?」 「なんか分担してたか? お前、ゴミ出しも滅多に行かねぇじゃねぇかよ」 「ツマの役割の夜の部を担ってんじゃねぇか」 「──」 「俺がクソ不味ぃメシを作って毎晩せっせとゴミも出して、そんでお前が毎晩せっせと尻アナを使わせるってんなら替わってやってもいいぜ?」 「突っ込む気もねぇクセによく言うぜ」  咥え煙草の佐藤が唇を斜めにして言い、続けた。 「まぁでも、普通のスーパーがあるぐらいのとこまで動くのは構わねぇよ? このへんにいたって会社が近ぇぐらいのメリットしかねぇんだし」  同じく咥え煙草の山田が眉を上げて同居人を見上げる。 「ホントか?」 「あぁ。もっと相場の安いとこでカネ貯めながら様子見てよ、いずれはちょっと郊外のほうにマンションでも買うってのはどうだ?」 「は? マジで言ってんの?」 「だったら何だよ? 中途解約だ何だってのがメンドクセェから今すぐってのはアレだけどな、更新が近づいたら考えようぜ」 「口約束じゃねぇのかよ?」  すると佐藤はゆっくりと唇から煙草を抜き、もう一方の腕を山田の肩に引っ掛けながら顔を近づけ、目を覗き込むようにして囁いた。 「俺はできねぇ約束はしねぇよ、山田」

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