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第14話 続・山田オッサン編【11】

 鈴木が喫煙ルームに行くと、佐藤と山田の2人が小振りの缶を手に煙草を吸っていた。  珍しくコーヒーでも飲んでるのかと思ったら、缶の表面に『みそ汁』『なめこ』の文字が見えた。 「……味噌汁缶っすか?」  眉間に皺を作った鈴木に2人が目を寄越し、鈴木以上に眉間の皺を深めた佐藤が口を開いた。 「出勤中に、たまには朝メシに味噌汁でも食いてぇって話をしたらよ、コイツがコンビニでこんなモン買いやがって」 「なんか文句あんのかよ? 味噌汁には違いねぇだろ」  山田が言って、煙草片手に缶を傾ける。  よく見ると『みそ汁』の隣に『冷やし』の文字も見えて、鈴木は思わず言った。 「いや、そりゃ山田さんがいけないっすよ」 「ナンでだよ?」 「意図的に夫婦仲を冷やそうとしてるようにしか見えないスもんね、ソレ」 「ナンでだよ?」  顔を仰向けてなめこを出し尽くそうと頑張っていた山田は、ふと目を戻して鈴木や佐藤と同じく眉間に皺を作った。 「いや夫婦じゃねぇし」 「籍が入ってないだけで事実婚みたいなものっすよね」 「いやナニ言ってんの鈴木お前?」 「え? 何スか今さら、ねぇ佐藤さん」 「あぁ、まぁな」 「は? 佐藤、どこに対する『まぁな』だよソレ?」 「鈴木の言ってること全部」  佐藤が缶の中を覗きながら答え、舌打ちした。 「あー、なめこが全部出たのかわかんねぇ。だから具入りの缶は嫌なんだよ、覗いても暗がりだし」 「山田さんの中も暗がりでよくわかりませんもんね、覗いても」  はぁ? と咥え煙草の山田が目を遣る。 「あ、尻アナの話じゃないっスよ? 腹ん中のことです。ねぇ佐藤さん」 「尻アナは覗いたことねぇよ」 「お前ら何のハナシしてんだよ? 俺に尻アナなんかあるわけねぇだろ」 「お前よくそう言うけどよ、だからどっからクソすんだよ?」 「クソなんかしねぇもん」 「起きてすぐと風呂に入る前、必ずしてんじゃねぇかよ」 「さすが詳しいスね、佐藤さん」 「舐めてキレイにしてやってっからな」  数秒、鈴木と山田が佐藤を眺めた。  やがて2人が同時に口を開いた。 「開き直りって無敵っすよねぇ」 「フザけんな、されてねぇし!」  しみじみと首を振る鈴木の横で、目を三角にした山田が鼻と口から煙を噴き出しながら喚く。 「俺の尻アナは毎日朝晩2回、シャワートイレくんが懇切丁寧な舌使いで優しく舐め回して清めてくれてんだからな! お前の出る幕じゃねぇんだよ!」 「擬人化されると、なんかすげぇイラつくんだけど」  煙草を咥えて目を眇める佐藤を、鈴木が宥めるように見た。 「まぁ結局、山田さんの尻アナはちゃんとあるってことで」 「てかクソといえばさぁ、なめこってちょっとウンコっぽくねぇ?」  言った山田を佐藤と鈴木が見た。 「全然思いませんけど」 「色が違くねぇか」 「クソの色なんかいつも同じじゃねぇだろ? なめこ色のクソだって出んだろ?」 「なんでお前はそうやっていちいちクソを食いモンに例えたがるんだよ?」  眉を寄せる佐藤を尻目に、山田は苛立たしげに天井を見て口を開け、缶を逆さにしている。 「あー、最後のクソがアナから出てこねぇ。具が出やすい容器なんて書いてやがるクセによう」  そんな山田を見守っていた2人のうち、後輩のほうが先輩にふと訊いた。 「ていうか、美味いんスか? ソレ」 「いや、思った以上に味が薄い」  答えた佐藤を山田が見た。 「佐藤お前、俺が前に作った味噌汁だって薄いだの何だのさんざん文句並べたじゃねぇかよ? 具が細かすぎるだのデカすぎるだの火が通ってねぇだの? だから作りたくねぇんだよ」 「美味いとか不味いとかの問題じゃねぇんだよ、わかってんだろうが」  佐藤は立ち昇る紫煙に目を細め、煙を吐いて低く言った。 「俺はお前の作った味噌汁が食いてぇんだよ」 「──」  2人を見ていた鈴木が、ハッとしたように素早く煙草を消しながら佐藤を見た。 「すみません。プロポーズならもっかいやり直してください、俺すぐ消えるんで」

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