15 / 201

第15話 続・山田オッサン編【12】

 その週末は田中のヨメさんが一郎を連れて実家に行ってるってことで、久々にメンツが揃った夜だった。  佐藤と山田の棲家に集合したのは、10年来の顔ぶれに最近馴染んできた本田を加えて、計6人。  さんざん飲み食いしながら田中の子育て奮闘記を囃し立てたり、佐藤弟の結婚についてみんなで勝手に論議したり、鈴木と次郎との交流について本田が語り、鈴木が冷ややかに怒りだしたりしながら、やがてふとした合間にどういうわけかトランプでもやろうってことになった。  トランプといっても凝ったゲームじゃなく、そもそもトランプ自体がメインじゃない。  負けたヤツが1枚ずつ服を脱いでいくという、野郎パーティ独特のお楽しみだ。  だから手っ取り早くババ抜きになった。 「あの、最後の一枚まで脱ぎませんよね?」  本田がソワソワと訊いたが、いい加減アルコールが入ってるヒマな野郎どもは曖昧にしか答えなかった。  1戦目、最後は田中と佐藤兄の一騎討ちになり、佐藤が負けてスウェットを脱いだ。 「いきなり下かよ?」 「座ってりゃ見えねぇし」  2戦目は佐藤弟と鈴木が睨み合い、弟に軍配が上がった。  鈴木はチェックシャツを脱いだが、下にTシャツを着てるためブーイングを喰らった。 「お前、そりゃ反則だろ」 「どこがっすか? 1枚ずつってルールっすよね」 「鈴木お前、さては最初からそのつもりでンな格好してきやがったな?」 「見くびってもらっちゃ困りますね、俺は必要とあらばどこまでも脱ぐ覚悟っすよ」 「どこまでもって鈴木さん、やっぱり最後の1枚まで脱ぐんですかぁ?」  3戦目は山田と田中の闘いの末、負けた山田がTシャツを脱ごうとして佐藤兄に止められた。 「お前も下にしとけ」 「あー兄貴! イチさんのビーチクを俺らに曝したくねぇと!」 「そーいやビーチクって最近聞かなくねぇ?」 「俺は男らしく曝すぜ! ビーチクぐれぇ!」  喚いた山田が男らしい脱ぎっぷりでTシャツを剥ぎ取り、バシッと床に叩きつける。  その横で佐藤兄が舌打ちして、正面の佐藤弟が「触ってもいーい?」と物欲しげな目で舐め、その隣で「相変わらず腰細ぇなぁ」と呟いた田中に佐藤兄が一瞬目をくれ、彼らを視線で一巡した鈴木の隣で本田が一層ソワソワしてみせた。  4戦目は3度目の正直で田中が負けてTシャツを脱ぎ、上半身ハダカ組が2人になった。  5戦目の敗者・佐藤弟は迷わず山田と同じ道を選んで、上半身ハダカ組が3人。  テーブルを囲む野郎たちはTシャツ3人、ハダカ3人の五分五分となった。  が、続いた6戦目はまた佐藤兄。ここでハダカ組に加わったとこで均衡が崩れ、残ったTシャツ2人を見て山田が言った。 「一枚も脱いでねぇヤツがいるぜ?」  そのセリフに全員が本田を見た。 「え、でもあの、負けてないんで仕方ないですよね?」 「まぁそりゃそうだけどよ」 「王子が脱いだらお伽話がAVに早変わりだしな」 「だからって容赦はしねぇぞ!」  そう指を突きつけた山田が7戦目の敗者となり、佐藤兄とパンイチで並んで次の勝負に挑む。  8戦目は鈴木がジーンズを脱ぎ、9戦目では田中がジーンズを脱いだ。  この時点でパンイチが佐藤兄、田中、山田の3人。  続く10戦目は、イチさんをハダカに剥くまでは負けられねぇ! と叫んだ弟がハーフジーンズを脱ぐ羽目になり、11戦目で鈴木もついにTシャツを脱ぎ捨てた。  ここでパンイチとなった5人が、未だに1枚も脱いでない王子を一斉に見た。 「おかしくねぇか? 俺らがこんなに均等に脱いでんのによ」 「いやあの、僕もせめて1枚くらいは脱ぎたいんですけど」 「ダメだ! 負けてもねぇのに脱ぐのはルール違反だぜ!」 「でも山田、次もコイツが脱がなかったら、イコール誰かが最後の一枚を失うってことだぜ?」 「何だよ田中、怖ェのか?」 「そーだよ田中っち、俺は怖れねぇよ! てかむしろイチさんの前で脱ぎ捨ててぇ!」 「弟くんは山田さんの前で脱ぎ捨てたことないんだ」  へぇ、といった風情で抜かした鈴木を他の全員が見た。 「え、鈴リンはあんの?」 「ないよ?」 「いいから、ホラ配るぞ」  ここ一番の大勝負を懸けたカードが、田中の手によって各々に配られる。  果たして、12戦目は本田がいよいよ脱ぎそうな局面まで縺れ込みながらも、 「くっそ、マジかぁ」  最終的にジョーカーをテーブルに叩きつけたのは佐藤兄だった。 「しょうがねぇな、脱ぐぞ。いいか」 「あ、座ったままさりげなくお願いしますね佐藤さん」 「はぁ? お前ら目ん玉ひん剥いてしっかり見てやがれよ」 「でもホラ、本田が目の遣り場に困ってんぜ?」 「お前はどこの処女だよ本田」  でも下手にトラウマになっても困るし。  仕方がないので佐藤兄は行儀よく最後の一枚を脱ぐと、隣にいたパンイチの山田を引き寄せて膝の上に座らせた。 「はぁ? ちょ、ナニすんだよ?」  すぐに退こうとした山田の腰を、佐藤が両手で掴んで戻す。 「何やってんだ佐藤?」  田中が呆れ顔で訊き、 「フザけんなよ兄貴!」  佐藤弟が身を乗り出し、 「余計なモンが本田の目に触れねぇようにしてんだよ」  佐藤兄が答えると、 「でも背面座位にしか見えないんスけど」  トランプを切りながら言った鈴木が、 「佐藤さんのナマの凶器を見せるのと、2人が交尾してる姿を見せるのと、どっちが本田くんに優しいんスかね?」  そう続け、本田を見て首を傾げた。  その目を受け止めた本田が、戸惑うようなツラでテーブルから生えた佐藤と山田の上半身をチラ見した。 「てか交尾してねぇし!」 「そう見えるってハナシっすよ。ヒトってのは目に見えるものが全てですからねぇ山田さん」  鈴木が哲学的に締めくくり、カードを配る。  ちなみに全部脱いだ佐藤はイチ抜けだ。だから山田と重なっていても不都合はない。  不都合はないが、佐藤兄の胡座の中に尻を置いて座る山田の正面で、佐藤弟は深い溜息を吐いた。 「やめて、もーマジ……こっから見るとヤッてるようにしか見えねぇんだよ」 「まぁ、これで山田さんが負けたら実際そうなるかもしんないけどね? 入口を塞ぐものがなくなるから」 「なんねーから鈴木! テキトーなコト言ってんじゃねぇ!」 「とりあえず、そろそろ本田を脱がせようじゃねぇか?」  配られたカードを選りながら田中が言うと、本田がやたら真剣なツラで手札を見つめた。 「えぇ僕も脱ぎたいです、一気に」 「は? 一気に?」 「連敗してぇってのか?」 「そうです、できれば3連敗したいです」 「3連敗したらマッパじゃねぇか」 「そうです」  乙女ゲーの王子様らしからぬ底光りする目で組カードを場に捨てたかと思うと、新入りはその目を隣の係長に向けた。 「そしたら僕も、佐藤さんみたいに膝に抱っこしたいです。パンイチの鈴木さんを」 「──」 「だ……抱っこ?」 「す……鈴リンを?」  田中と佐藤弟が口を開け、 「まさか本田お前、オッサンデーの……」 「あの五カ年計画、マジで考えてんのかよ……?」  焼鳥屋の顛末を知る佐藤兄と山田が呆然と呟き、 「いいスか──誰ひとり、本田くんにジョーカーを渡さないでくださいよ」  見たこともないほどギラついた目で、鈴木が低く唸った。

ともだちにシェアしよう!