17 / 201

第17話 続・山田オッサン編【14】

 佐藤が風呂から出ると、山田がソファでだらしなく座って電話をしていた。 「うん、へぇ……あ、俺? あぁ、まぁな……はぁ? ナニ言ってんだよバカ」  肩と耳でスマホを挟んだ山田は、煙草を吸いながら笑顔で受け答えている。  そのツラを見るともなく眺め、佐藤は冷蔵庫からビールを出した。  ソファに近づくと、山田がこちらを見上げて座面に伸ばしていた脚を畳んだ。  佐藤の前に風呂を済ませた同居人は、パンイチにTシャツを被っただけの格好だ。  剥き出しの両脚は相変わらず端正なラインで、佐藤が内腿に手を這わせると山田は慌てて膝を閉じた。 「あー、それなぁ、うーん……考えとくわ」  じゃあまたな、と言って電話を切った山田は、スマホを脇に放ると煙草を灰皿に捨てた。 「誰?」 「あぁ、小島」 「──」 「なんか、副社長に就任するみてぇで?」 「ふーん」 「就任パーティがあるらしくって。来ねぇかっつーから、俺が行く意味がわかんねぇつって」 「そりゃまぁ、元愛人だからじゃねぇの」  佐藤がビールを開けながら言うと、山田は動きをとめて目を寄越した。 「……はぁ? ソレ、俺のこと?」 「他に誰がいんだよ」 「愛人じゃねぇし」 「だから、元だろ?」  言って缶に口をつける佐藤をじっと見つめ、山田が眉を寄せる。 「え、いや元も何も愛人じゃねぇけど、まさか佐藤お前妬いてねぇよな?」 「妬かねぇとでも思ってんのか?」 「だって俺、きっちり終わらせたぜ?」 「聞いたけどよ、関係があった頃のこと考えると面白くねぇのは当然だろうが」 「ンなコト言ったってさぁ、じゃあどうしろってんだよ? もう小島とは連絡取るなって言いてぇのかよ?」 「正直、言いてぇな」  大人げないのはわかってる。でも不愉快なモノは不愉快なんだから仕方ない。しかも。  ──あんなツラしやがって。  通話中の気安い笑顔を反芻し、いい加減にしろと吐き捨てたくなった。  佐藤はビールを呷ってテーブルに缶を置き、前屈みの姿勢で片腕を膝に引っ掛けて山田に目をくれた。  ソファの上で胡座を掻く、ムクれた横顔。  片手を伸ばして足首を掴むと、そのツラがハッとこっちを向いた。 「どっちが上手かったよ?」 「はぁ?」 「小島と俺、どっちにされんのが気持ち良かったんだよ?」 「何だよ──ンなの」  捕らえた足首を強引に引き寄せ、ふくらはぎに喰らいつく。バランスを崩して後ろに手を突いた山田が、睨もうとして失敗したように目を細め息を詰めた。  引っ張り上げた脚を肩に掛け、膝の内側に唇を滑らせながら両手で腿を撫で上げる。 「ちょ、さと……」  ローライズボクサーの裾から指を差し入れると、山田は落ち着かない仕種でもう一方の膝を立てた。今日のパンツは珍しく黒い。 「答えろよ、正直に。いま目の前にいるのが俺だからって嘘はつくなよ?」  お前のウソは聞き飽きてっからな──片脚を抱えたままのし掛かりながら言って、探り当てたアナに指先を押し込んだ。山田の眉間に皺が寄り、睫毛の下の瞳が弛む。 「お前のほうが……いいに決まってんじゃん」  奥まで突っ込まれて乱れる吐息。拒もうとしてか、脚の間を彷徨った手が佐藤の手首を力なく掴んだ。 「ウソじゃねぇよっ……言ったじゃねぇか、したくなんのはお前だけだって」 「もっと言えよ」  佐藤は低く言ってギリギリまで指を抜き、また深く埋め込んだ。山田が震えて、何を──と切羽詰まった声を漏らした。 「俺だけだってもっと言え」 「何度も言ってんだろ……!?」 「そんなに何度も聞いてねぇ」  穴を穿ちながら、脚を抱えていたほうの手で股間のモノを握り込む。  息を呑んで背中を反らす山田のツラに目を据え、内と外を同時に擦り上げる。容赦ない力加減で。 「い──あ、佐藤っ……どっちが上手いかなんてわかんねぇよっ!」  山田が喘ぎ交じりに喚いた瞬間、自分がどれほど険しいツラになったか確かめる術はなかった。  が、抵抗するように睨み返してきた山田よりも、遥かに殺気立った目をしてたのは間違いない。 「あぁ……? もっぺん言ってみろ」 「だから! どっちが上手いとかわかんねぇっての!」 「──」 「嘘はつくなって言ったよな? つかねぇよ! お前らどっちも無駄に経験積んでやがるから、どっちも上手いしイイに決まってんだろ!?」  言ってることはわかる。経験を積んでるって指摘は、今の佐藤にとっては痛いが事実だ。しかしだからと言って、小島にされても同じくらいイイというのは聞き捨てならない。  佐藤が反応を決めかねているうちに、山田が何かを迷うように指を噛んで手のひらで口を覆い、両手で目を塞いでひとつ深呼吸した。 「でもお前だと、触られただけでヤベェぐらい感じるってのじゃ……ダメなのかよ」  手で隠されてない部分の肌が、みるみる色づいていくのがわかる。 「お前が手首や足首掴んだりとか、ほっぺたに触ったりとか、とにかく……俺のどっかに触っただけで」  感じんだよ、お前が触ってるってだけで──だんだん小さくなる声に反比例して、手の中の山田は存在感を増していくようだった。  顔を隠したままの山田をしばし眺め、佐藤は突っ込んでいた指を抜くと、捲れたTシャツから覗く脇腹に両手を這わせた。  途端に息を呑んで身体を硬くした山田が、慌てたように佐藤の手首を掴んだ。 「や──待っ……」  手のひらをゆっくり肌に滑らせただけで、山田はノドを反らして声を震わせる。  正直、見慣れた反応だった。いつもこうだ。  セックスのときの山田は大抵どこに触ってもこの調子で、だから一体どんだけエロい身体なんだと思ってた。が。  ──誰が相手だろうが同じなワケじゃなかったって言うのかよ? 「あぁっ、や、べぇって……ヤベェんだってば佐藤っ」  眉を顰めて切なく目を潤ませる表情に、ヤベェのはお前のツラだとツッコみたくなった。 「ンな触り方……やめっ」 「いつもと同じ触り方じゃねぇか」 「違うっ、と思う! オマエ意地悪してんだろ!? 小島のコトでっ」 「してねぇよ別に」  さっきまではしてたけどな。脳内で呟き、Tシャツをたくし上げて鳩尾に唇で触れる。  ビクリと跳ね上がった山田の肋を指で辿りながら、佐藤は肌の上で低く笑い、言った。 「でもそういう違いがあるんなら、アイツとじゃできねぇ楽しみ方をさせてやるよ──せっかくだからな?」

ともだちにシェアしよう!