18 / 201

第18話 続・山田オッサン編【15】

 山田がゴミを出しに行ってチンタラ戻る途中、いつだか通勤時に一緒になったリーマンに出くわした。  Tシャツにベージュの半パン、サンダル。コンビニ袋を提げている。  憶えのある人の好さげなツラが、山田を認めた途端にこやかに崩れた。 「こんばんは」 「あー、どーも」 「スーツじゃない格好を見るの初めてですね」 「お互いな」  山田はTシャツにユニクロのステテコ、ビーサン。似たり寄ったりのラフな2人だ。 「ダンナさんはお元気ですか?」 「はぁ?」  山田が口を開けて見返すと、男は戸惑うように見返してきた。 「あれ? こないだ言ってましたよね? 同居の彼のこと、夫だって」 「言ったけど、改めてそう訊かれっとなぁ」 「ていうか、ホントにダンナさんなんですか? 何かの比喩とか冗談じゃなくて?」 「えーっと、どう答えたらいいんだかなぁ」 「あ、もちろん、入籍してるとは思ってませんよ。ここは日本ですから」 「──」 「渋谷区の、条例? あれだって籍が入れられるわけじゃないんですもんね」 「あ、そーなんだ?」  何年だか前に渋谷区が同性婚を認めるだの何だのってニュースで見た程度で、詳しくは知らない。  そうなのか。入籍できるワケじゃねぇのか。じゃあ何を認めるってんだよ?  ボンヤリ考えてからハッとしたとき、男がサラリと話を戻した。 「で、何かの比喩とかじゃなくてホントにダンナさんなんですか?」  山田は数秒、無言でその目を受けとめたのち、言った。 「あぁ、まぁな」 「さっきは答えを躊躇ってたのに、急にハッキリしましたね」 「うん、でも入籍できねぇ事実を再認識したし。事実婚って意味でいいなら、いくらでもダンナだって言ってやるぜ」  自分でも何だかよくわからないことを言い、 「じゃあ俺、煙草吸いてぇから帰るな」  別れを切り出した山田の言葉に男の声が重なった。 「スーツもいいけど、そういう格好もいいですね」  山田は数秒男のツラを眺め、何だかよくわからないまま「そりゃどうも」と答えてその場を後にした。  部屋に戻るとダイニングのソファから同居人が振り向いたから、とりあえず尋ねた。 「なぁ、俺のこういう格好とスーツ着てんの、どっちがいいよ?」 「はぁ?」 「どっちだよ?」 「何だか知らねぇけど、脱がせやすいのはそっちだけど脱がせんのが楽しいのはスーツだな」 「お前の基準は常にソコかよ」 「悪ィか、てか何なんだよ?」  山田はゴミ捨ての帰りに例の住人に出くわしたこと、ダンナは元気かと訊かれたこと、スーツもいいけどこの格好もいいと言われたことを説明した。  煙草を咥えながら眉を顰めて聞いていた同居人は、山田が話し終えると口を開いた。 「で、その格好もいいから何なんだよ?」 「別に何ってハナシじゃなかったぜ?」 「で、お前は何でンなことを俺に訊いたんだよ?」 「や、何だろうなぁって思ったからオマエにも訊いてみただけ」 「あぁそうかよ。てかゴミ出しはやっぱ俺が行く」 「え、マジ?」  すかさず反応した山田のツラを見て、咥え煙草の佐藤が目を眇めた。 「お前まさか、そういう話をしたらゴミ出しに行かなくて良くなるんじゃねぇかとか思って自作したんじゃねぇだろうな」 「はぁ? 作ってねぇし。ナニ言ってんの? 俺が幽霊に会ったとかじゃなければ今そこに実在してたし。コンビニ帰りだったしソイツ。渋谷区は同性婚の籍が入れられるワケじゃねぇとかいう俺が知らねぇ情報も入ってきたしソイツから、今」 「──」 「作るんだったらンなメンドクセェ情報持ってきたりスーツが何だとかワケわかんねぇコト言ったりせずに、フツーにどっかのオッサンに襲われたとか言っとくぜテキトーによ」  煙を吐きながら無言で聞いていた佐藤は、山田が口を閉じると入れ替わりで口を開いた。 「今の話、お前が一番俺に聞かせてぇのは渋谷区だろ」 「はぁ? ナンで」 「入籍できねぇことが明らかになって落胆したんだろうが?」  佐藤は言って、煙草を挟んだ唇全体を斜めにして笑みを作った。 「はぁ? ナニ言っちゃってんの? ンなモン考えたコトもねぇよ、日本だぜここは?」  山田はデカイ声を出しながらプイッと冷蔵庫に向かい、扉を開けた。 「あ、俺にもビールくんねぇ? 奥さん」 「あァ? ダレに言ってんのかわかんねーよ」 「籍入れらんねぇからってブーたれんなよ。いいじゃねぇか、世の中には男と女だって事実婚カップルが山ほどいるんだからよ。同じことだろ?」 「なんのハナシしてんの?」 「奥さん、俺のビールは?」 「奥サンじゃねーし!」  目を三角にした山田は、それでもダンナのビールを出して渡してやった。

ともだちにシェアしよう!