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第20話 続・山田オッサン編【17】
「山田の事情は上層部のごく一部しか知らねぇワケだよな? だからアイツんとこの課長ごときが知るワケねぇし、だからつまり」
田中が箸を宙で動かし、一度ジョッキを傾けて続けた。
「山田の背景目当てに擦り寄ってるワケじゃねぇってことなんだよな、困ったことに」
「ウチの課長やら部長やら田中さんとこの課長やらが山田さんに群がるのは、甘い汁を求めてるワケじゃないって話っすよね」
がんもにかぶりつきながら言った鈴木を、佐藤と田中と本田が見た。
今日は山田が残業で遅れるとのことで、集まった面子は不在のヤツを肴に飲み始めていた。
「ていうか、なんで本田くんがいるのかなぁ? 山田さんのひっつき虫のはずなのに」
「えーっ、ひどいですよう鈴木さん、僕は鈴木さんにひっついてるつもりなんですけど最近」
「やめてね、そういうこと言うの」
先日の野球拳ババ抜きで一触即発の様相を呈して以来、鈴木の本田に対する警戒はいやが上にも高まっていた。
が、そのクセ。
「だって一昨日だって鈴木さん、僕が一緒だったから心置きなく酔っ払いましたよね?」
プレイヤー女子に拗ねてみせるかのような乙女ゲー王子様の風情を見てから、佐藤と田中は鈴木を見た。
「鈴木お前、何だかんだ言って──」
「は? 何スか田中さん。てか何言ってんの本田くん、一緒になんか飲んでないから」
「えーっ鈴木さぁん」
「やべぇ。そのあからさまなウソ、完全に山田を継承してるぜ」
「てか鈴木、田中んとこの課長がどうたらって言ったか? さっき」
佐藤が煙草を咥えながら、掬い上げるような目を鈴木にくれた。
「えぇ言いましたけど」
田中も眉を顰めて鈴木に目を遣る。
「待てよ、まさかマジでウチの課長まで山田にちょっかい出してるとか言わねぇよな?」
「実際にちょっかい出してるかどうかまでは知りませんけどね」
「どっから得たどういう情報なんだよ」
「ソースは明かせません。俺にもいろいろしがらみというものがあるんで」
「お前は何なんだマジで、どっかの諜報員か」
「田中さんのとこの課長って、あのイケメンなヒトですか?」
乙女ゲー王子がピュアな瞳で屈託なく言い、30代のオッサンらは肚に一物抱えた目を見交わした。
「アレだよな? 小島タイプの……」
「そう。何年か大阪行ってて春に戻ってきたヤツ」
「転勤してったときは既婚者だったのに、向こうにいる間に奥さんの浮気で離婚して、帰ってくるときは独身になってた人っすよね」
「詳しいですねぇ鈴木さん」
「褒めても何も出ないよ本田くん」
「褒めてんのかよソレ」
投げ出すようにツッコんで椅子に背中を預けた佐藤が、眉間に不機嫌そうな縦ジワを刻んで煙草に火を点ける。
そのツラをチラ見した田中が出汁巻き卵を摘みながら言った。
「いっぺん女に失望してるってのは、ちょっと厄介だよなぁ」
「だからって野郎に走るかよ普通?」
煙を吐く佐藤を鈴木と田中が無言で眺め、佐藤が無言で田中を見返すと同時に鈴木も田中に目を転じ、係長3人の間を本田の視線がウロついた。
「とにかく山田さんの裏事情を知って権力に近づこうってワケでもなく、女に失望してる野郎からしてない野郎まで軒並み、山田さんが掃除機みたいに何でもかんでも吸い寄せるのは何なんだって話っすよね? つまり」
「別に本田みてぇな、オッサンに押し倒されてもおかしくねぇタイプでもねぇしな」
「えっと僕はオジサンに押し倒されたくないし、むしろ鈴木さんを押し倒したいほうですけど、でもいますよね確かに、どうしてだかわからないけど何かを呼び寄せる人って」
おずおず、という表現が最もぴったりくるツラで口を挟んだ王子様に目をくれた3人の係長は、まず外観とセリフのチグハグさに耳を疑い、次にどこからツッコむべきなのか迷って言葉を躊躇った。
「本田くんさぁ」
とりあえず2秒で鈴木が復活した。
「その実現性のない願望はそろそろ捨てたほうが身のためなんじゃないの」
「そろそろって言っても、まだ抱いたばっかりですよう願望。それに実現性がないとは思ってません、現に一昨日だって……」
「何言うつもりかわかんないけどやめて。マジで刺すよ本田くん」
お前ら、なんか刃傷沙汰になりかけたのかよ──?
一昨日、何があったんだよ──?
山田の話題に戻るべきか後輩たちのネタをもっと突っ込むべきか、年長の2人は冷静な大人の装いでツッコみながら内心激しく煩悶した。
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