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第21話 続・山田オッサン編【18】

 暑苦しい休日、同居人2人は自宅でゴロゴロしながら限りなく無為な時間を過ごしていた。 「田中んちさぁ、嫁さんの実家に子供預けてデートだってよ今日」  ソファにダラけて座った山田がテーブルに両足を載せて言った。 「夫婦仲良くていいじゃねぇか」  隣で煙草を吸う佐藤が興味なさげに相槌を打った。何となく点いてるテレビは、2人ともちっとも見ちゃいない。 「ウチの妹とお前の弟もデートらしいぜ? ディズニーのどっちかで」 「ディズニーってツラか、アイツが」 「ツラで言うならお前だって同じじゃねぇか、兄弟似てんだからよ」 「俺はお前と行かねぇよ?」 「オンナとは行ったことあんだろ?」 「──」  佐藤は無言で煙を吐いた。 「いいじゃねぇか正直に言えば。オンナとディズニー行って2人でミッキーの耳生やしてきたとかさぁ。別に恥ずかしいコトじゃねぇよ? 世の中には腐るほどいるぜ? そんなカップル」 「耳なんか生やしてねぇし」 「でもオフィシャルホテルのキャラ仕様ルームには泊まったコトあんだろ」 「なんで知ってんだよ」  佐藤が眉を顰めて山田を見ると、山田は口を開けて見返してきた。 「え、マジで?」 「は? 当てずっぽうかよ」 「いつ頃?」 「さぁな。もう5、6年前じゃねぇか」 「ふーん」  山田が両手を頭の後ろで組んでテレビに目を遣る。 「妬くなよ」 「妬いてねぇし別に」 「妬けよ」 「どっちだよ」  テレビを観たまま投げ出すように言う横顔をちょっと眺め、佐藤は手を伸ばして顎を掴み寄せた。  何、と言いかけた唇をさっさと塞ぎ、小さな抵抗が止むまでじっくり奪ってから解放する。怒ったように視線を俯けた山田の頬がほんのり赤い。 「正直お前が妬いたほうがいいけど、残念ながら妬かせるほどの女じゃねぇんだよ」  言って佐藤は指に摘んでいた吸いさしを唇に挟んだ。 「ンな言い方で懐柔しようってのかよ?」  プイッと顔を背けて膝を抱えた相棒を見て、畜生──と佐藤は内心毒づいた。何だその態度、可愛いじゃねぇか。  脳内で呟いて煙を吐き、話題を戻した。 「てか、あの2人がディズニーで、まさか次郎はまた鈴木んとこじゃねぇよな」 「いや鈴木んとこ」 「なんで幼児を連れてかねぇんだよ? 夢の国に」 「次郎はまやかしに興味ねぇし、人ゴミで長蛇の列に並ぶぐらいなら鈴木と会いてぇらしいぜ」 「ウチの弟はホントは次郎に好かれてないんじゃねぇのか」 「ンなコトねぇと思うけど? ただ弟より鈴木のほうが好きなだけで?」 「そんなに鈴木を好きになる理由がわかんねーよ」 「まぁなぁ──いやでも、鈴木を好きになると言えばさぁ……」  山田が言葉を濁し、フェイドアウトさせた続きを佐藤が察して2人は目を交わした。互いに同じ人物を思い浮かべてるのは明らかだった。 「もしかして今日も2人で次郎の面倒みてんのか?」 「ぽいな、弟がそう書いてたもん」 「なんでいちいちそういう連絡をしてくんだよ、アイツは」 「知らねぇよ、したいからじゃねーの」 「──」 「妬いてんのかよ?」 「アイツごときにいちいち妬かねぇよ」 「あっそう」 「てかアレは放っといても大丈夫なのか、鈴木と本田は。そのうちマジで刃傷沙汰とか起こんねぇだろうな」 「平気じゃねぇ? まぁ面白ェから放っとこーぜ、刃傷沙汰とかなったらなったときじゃん?」  無責任に言った山田がテーブルから佐藤のパッケージを取り上げ、1本抜いて咥えた。 「とにかくさぁ、みんなデートしてんのに家に籠ってこんなダラダラしてていいのかって、ふと思ったワケ俺は」 「ちなみに、そのみんなってのは鈴木と本田のコンビも含めてんのか」 「好きに解釈してくれていいぜ?」 「まぁ、アイツらがヨソの子を連れてデートしようが勝手だけどな」  佐藤は煙草を灰皿に捨て、ひとつ伸びをして同居人を見た。 「じゃあ、とりあえず電車でも乗って気が向いたとこまで行って、メシでも食って帰るってのはどうだ?」  山田が煙草を咥えたまま目を寄越し、少し考えてから「おー、いーな」と漏らして笑った。 「でもさぁ、どっかでデカいスーパー見つけたら食材買って帰って家でメシ作んねぇ?」 「それ、また俺が作るんだろうが?」 「休みなんだから俺が作ってやってもいいぜ?」 「──いや、お前はやっぱ手伝ってくれりゃいい」 「何だよ! マズくてもオレの味噌汁が食いてぇっつったのはドコのどいつだよ!?」  お前の愛はそんなモンかよ!! と目を三角にする山田をスルーして佐藤は立ち上がった。 「いいから出かけるなら着替えろよ。帰ってきてからメシ作るんだったらあんま遅くなんねぇほうがよくねぇか」 「おー、そうだな」  とにかく結局、家が好きな2人だった。

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