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第24話 続・山田オッサン編【21-1】
まだまだ暑苦しい休日、ちょっと来てくんねぇ? と佐藤弟から電話が来て断った。
電話の向こうからはブーブー文句が聞こえて来たが、暑いんだから仕方ない。
面倒くさいから皆まで聞かずに途中で切ったら、しばらくして佐藤弟と山田妹が揃ってやって来た。
「来れんならナンで呼びつけるんだよ? 最初っから来りゃいいじゃねぇか」
咥え煙草で玄関を開けた山田は眉を顰めて2人を迎え入れ、ダイニングで改めて彼らを眺めて「次郎は?」と一応訊いた。
「今日も鈴木さんのところよ」
妹が美しい笑顔で答え、隣の弟が引き継いだ。
「そう今、連れてった帰りなんだよねーシオちゃん」
笑顔を見交わす2人の正面で山田は疑わしげに目を眇めた。
「またかよ。お前大丈夫か弟? ホントは嫌われてんじゃねぇのか次郎に」
「やめてよね、仲いーんだから! 次郎ってば鈴リンとは休みの日にしか会えねーから行きたいんだってさ!」
「ナニその平日仕事で忙しい恋人同士みたいな関係? てか、まさか今日も本田が一緒じゃねぇだろうな」
「あ、いや行ったときはいなかったけど、修ちゃん呼んでって次郎が鈴木に言ってたから呼んだかもな」
もはやノーコメントで遣り過ごした山田は、煙草の先っぽが燻ってるのに気づいてテーブルの上のライターを引き寄せ、擦った。途端に佐藤弟が身を乗り出してデカイ声を上げた。
「イチさん何ソレ!?」
「はぁ?」
「ソレ! 指輪ッ!!」
ライターを持つ山田の手を、弟の震える指が差している。
「あら嫌だお兄ちゃん、いつの間に結婚したの?」
「いや、してねぇけど」
「でも結婚指輪よね? 左手だし」
「いやコレは何だ、別に……だからそういうんじゃねぇっつーの」
普段は右手に嵌めてるソレは、昨夜ダンナもとい佐藤によって左に着け変えられた。セックスの前にだ。
気分が出るだろ? 奥さん──唇を斜めにして笑ったダンナを忌々しく思い出す。
まったく、何の気分なんだか。フザけやがって。
脳内で呟く山田には、己のほっぺがほんのり色づいてる自覚なんかない。
自覚なんかないけど何となく俯き加減になってフテ腐れたツラを、幸い目の前の2人は勝手に微笑ましく解釈してくれたらしい。
「先越されたーっ! てか、いやソコじゃねぇ、ンな照れたツラすんじゃねぇよイチさん! やめて! 幸せが感染るじゃねーかよ!」
「落ち着いてケンジくん、感染ればいいじゃない。ケンジくんだってお兄ちゃんから感染されたら嬉しいでしょ?」
妹の発言はどこかおかしい気がしたが、山田は特にツッコむことはしなかった。実際、そのおかしな宥め方で弟も落ち着いたし。
そうだね、と気を取り直した風情で座り直した弟は、今さら気づいたように辺りを見回した。
「そーいや兄貴は?」
「出かけてるぜ」
「珍しいじゃん、1人でどっか行くとか。いっつもイチさんの尻に噛り付いてんのに」
「あーなんか、大阪行ってたとき一緒だった会社のヤツが来るとかで会いに行ってる」
すると佐藤弟はちょっと黙り、意味ありげな目を向けてきた。
「まさかオンナじゃねぇよなぁ? それ」
「はぁ? まさか……」
山田は言いかけて口を閉じ、煙草をひと口吸って煙を吐いた。
「や、てか別に、オンナでもいいんじゃねぇの」
「そんな指輪なんかしといて強がんのやめなよイチさん。大丈夫、兄貴が浮気したらいつでも俺んとこ来ていいから」
「ケンジくんこそやめなよ、そうやって好きな子いじめするの。先越されたからって拗ねてるの?」
「別にそういうんじゃねぇんだよシオちゃん、でもさぁ!」
そこで佐藤弟はパッと山田を見て、今の会話とどんな脈絡があるんだか全くわからないけど突然言った。
「結婚することにしたんだよ、イチさん!」
「──」
山田は目の前に座る野郎の神妙なツラを数秒眺めた。それから妹の顔を見て弟に目を戻し、
「うん、いいんじゃねぇ?」
煙を吐きながら言った途端、佐藤弟がバン! とテーブルに張り手を喰らわした。
「もーちょい何かねぇの!? イチさん!」
「はぁ? 何かって何」
「だから、結婚なんかしちゃ嫌だ! とか」
「俺が紫櫻に言うのか?」
「違う! オレに!」
「前にも同じようなこと言わなかったっけ、お前」
山田は灰皿に灰を落とすと、弟の隣に座る妹に目を遣った。
「一応訊くけど、コイツでいいんだな?」
「こんなにお兄ちゃんのこと好きな人、いないもんね」
美しい妹は美しい唇でワケのわからないことを言った。
「一応もっかい訊くけど、次郎は大丈夫なんだな? コイツで」
「うん、大丈夫」
山田は今度は弟を見た。
「お前んとこの親はこんな年上のコブ付きでオッケーなのかよ?」
「ウチは年上もコブ付きも気にしねぇけど、シオちゃんがキレイすぎんのと、あとシオちゃんのトーチャンの仕事とか親戚関係にビビってた。まぁそんくらいかな」
山田は今度は妹を見た。
もう会ったのか、佐藤んちの親に──そう言おうとしただけなのに何故か言葉が痞えた。
まぁ結婚を決めたんだから、会ってて当たり前なワケだけど。
それから式を挙げるかどうかを迷ってるという2人の相談を受けたが結論は出ず、帰って昼ごはんを作るけど来ないかと言われて暑ィから行かねぇっつってんだろうがと断った。
1人になってソファでゴロゴロしていたら、いま聞いた話のあれこれが頭の中でグルグルして収拾がつかなくなったから一旦みんな追い出した。
スマホの画面を見たが、これといって着信もない。
「ヒマだなぁ」
声に出して言ったらホントにヒマを持て余してる気分になったからやめて、煙草を抜いてふと左手に目を遣り、指輪を元どおり右手に移した。
それから便所に行って用を足して戻り、ビールでも飲むかと考えたときスマホ画面のプレビューに気づいた。
『早く帰りてぇ』
ひとことだけの着信を眺めた山田は、咥え煙草で冷蔵庫からビールを取ってきてソファにふんぞり返り、缶を開けてひと口呷ってから指輪をまた左手に移し、スマホを取り上げて数秒眺め、
『回鍋肉食いてぇ』
と返信した。
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