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第27話 続・山田オッサン編【21-4】
「とにかく、どうにもならねぇことを思い悩んだって時間の無駄だよ。けど今日飛び出してきた理由がそういうんじゃなくて、アンタと野郎2人だけの問題なんだったら、さっさと帰って話し合いな」
「──」
「周りを巻き込まねぇ程度のイザコザなら、長い目で見りゃクソみてぇに小さなことだよイチくん。けどクソだってデカくなりゃケツの穴が切れるかもしんねぇんだしよ、まだ普通に捻り出せるうちに便所に流しちまいな」
自分がすぐにクソの話を持ち出すクセは母の遺伝子なんだろうか。山田はチラリと思ったが、これもまぁどうでもいい。
「それからジジイ、アンタも」
山田母はふと、心なしか声を和らげて山田父に目を向けた。
「あのバカ息子がいなくたって、どうせイチくんはあのイケメンと出逢っちまってたよ。だからしょうもねぇ責任をいちいち感じんのはやめな、時間の無駄だから」
言ってることはアレだけど、これもいわゆるアメとムチだ。
その証拠にドMジジイは自分ほどの幸せ者はいねぇってツラで腑抜けた笑顔を見せ、言った。
「うん、じゃあそろそろ蓮華かスプーンもらっていい? カヨちゃん」
地元の駅からマンションまで戻る途中で同居人と出くわした。
「あれ佐藤」
山田は間の抜けた声を出したが佐藤は何も言わないから、実家で喰らってきた激濃ハイボールのせいで見知らぬ野郎を人違いしてんのかと思った。が、目を擦ってガン見してみてもやっぱり佐藤に見える。
「佐藤だよな?」
「他の誰に見えんだよ?」
「や、だって何も言わねぇから他人の空似かホログラムかと」
「何を言えばいいのかわかんなかっただけだ」
そう言って元来た方向に戻りはじめた佐藤の後に付いて、山田も歩き出した。
「なんでこんなとこにいんの?」
「お前が帰ってくるから駅まで迎えに行けって、弟から電話が来たんだよ」
「え、ナンで弟がンなコトわかんの? エスパー?」
山田が口を開けると、佐藤はバカにしたような横目をくれて煙草を咥えた。
「お前のカーチャンからの伝言だ。お前の妹を経由してな」
「何だそれ、メンドクセェなぁ」
「ついでに俺の連絡先を要求してきたらしいから教えとくよう言っといた」
「──」
「山田お前な。その電話が来るまで、小島と会ってんじゃねぇかとか、またどっかで知らねぇ野郎と飲んだくれてタラし込まれてんじゃねぇかとか、俺がどんだけ不安だったかわかるか?」
「──」
山田の足が止まり、佐藤も立ち止まって煙草に火を点けた。
「気に入らねぇことがあって出て行くにしても、俺が探しようのねぇとこに逃げ込むのはやめてくれ」
電話もLINEも繋がんねぇし。そう言って煙を吐いた同居人の疲れたようなツラに、悪ィな……と山田は呟いて切りっぱなしだったスマホの電源を入れた。
途端にいくつかのプレビューが画面に並び、ログインするとバカみたいな数の不在着信通知とLINEが入っていた。
「あれ?」
佐藤兄はもちろん佐藤弟や山田妹、それに田中や、何故か鈴木ではなく本田が並ぶトークリストの未読の中に小島の名前を見つけて、山田は顔を上げた。
「お前、小島の連絡先知ってたっけ?」
「知るわけねぇよ。田中から回してもらったんだ」
「あぁそう……でもさぁ、じゃあ少なくとも小島んとこじゃねぇってのはわかったんじゃん?」
「お前が逃げ込んで匿ってんだったら正直に言わねぇ可能性も高ぇだろうが」
「だったら訊いてもしょうがねぇじゃんよ」
「一応だ、一応」
「てか俺、小島んとこにだけは行かねぇよ?」
山田がボソボソ言うと佐藤は無言で頷き、スマホを取り上げて電源を切った。
「何だよ」
「今、誰かが連絡寄越してきて邪魔されたくねぇ」
「──」
「なぁ山田。なんで出てったのかは大体わかる。俺んとこに来たLINEだろ?」
「まぁ否定はしねぇよ」
「あのな、お前がそういうのでいちいち妬くのは歓迎するよ。でも気になるんだったら俺に訊くか、じゃなきゃ勝手に開けて全文読んでくれ。その上で文句があればいくらでも聞くから、いきなり消えたりしねぇで直接俺に言え」
「全文読めっつってもよー? ロックが」
「パスコードならお前の誕生日4桁だ」
はぁ? と思わず見返したら、同居人は煙の向こうで目を眇めた。
「悪ィか」
「いや別に」
それを言うなら俺のパスコードはお前の誕生日だ、なんてこっ恥ずかしい事実は、とんでもないバカップルだと思ったし白状する空気でもなかったから今言うのはやめておく。
気まずさを紛らわすように煙草を抜いていると、目の前にスマホが差し出された。山田のじゃなく佐藤のだ。
LINEのトーク画面に、途中まで見覚えのある文字列があった。
『今日はありがとー! 久しぶりに会えてめっちゃ嬉しかったし、楽しかったし、佐藤くん相変わらずええ男やったー! こっちに引っ越したら、またいろんなとこ連れてって♡ 次に会うときは絶対、一緒に住んでるカレも連れてきて♡ 楽しみにしてまーす♪』
『そうそう家はやっぱり、あの一番気に入ったとこに決まりそう〜。これから帰って明日は最後の打ち合わせで、もういよいよって感じ。結婚式の写真見せるからお楽しみにー!』
──あぁ、何てこった。いろんな意味で山田は思った。
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