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第28話 続・山田オッサン編【21-5】
「その美咲ってのは大阪行ってたとき一緒に仕事してた子で、その頃から別の部署の同期と付き合ってたんだけどよ。野郎のほうが今度こっちに転勤になって、やっと結婚する覚悟が決まったみてぇで」
山田がスマホを返すと佐藤は煙を吐きながら受け取り、坦々と言った。
「結局、美咲が寿退社して一緒に上京してくることになって。会社にいくつか紹介された引っ越し先を見に来てぇんだけど、2人ともこっちはよくわかんねぇからって頼まれて、物件巡りに付き合って来たんだよ。昼間」
「──」
夕方帰ってきた佐藤は何も言わなかったし、山田も訊かなかった。
そういうとき互いに詮索しないのは長年の習慣で、自分が知らない佐藤の付き合いについて聞きたくない気持ちがどこかにあったことも否定はできない。
ぼんやりしていると手のひらで背中を押され、山田は火の点いてない煙草を指に挟んだまま佐藤と並んで歩きだした。
「──悪ィ」
「何がだ」
「だから、心配とか迷惑とかかけて」
「謝ってもらうならソコじゃねぇよ、お前がまだ俺を信じてねぇってとこだろうが」
「信じてないとかじゃねぇんだけどさぁ」
摘んでいた煙草を咥えて百円ライターを擦る。
「なんか、いろいろ……うまく言えねぇんだけど」
前方に視線を投げて煙を吐く山田を、隣の佐藤がちょっと眺めた。
「お前、また俺と住み始めたこと後悔したりしてねぇよな?」
「は? してねーよ」
「ならいい」
佐藤は短く言って、空を仰いで息を吐いた。それからいきなり腕を伸ばして山田の頭を抱え込むと、辺りを気にする風もなく髪に頬を押し付け、あぁクソ……と呟いた。
「お前が捕まらない間、話しとけば良かったって考えてた。別に隠そうとしたわけでもねぇのにクセが抜けなくて」
「クセ?」
「訊かねぇし話さねぇっていう、前の同居んときのクセだよ」
それはつい今しがた山田も考えたことだ。
「これからは意識して、ちゃんと話すようにする。それでも足りねぇって思ったらそう言ってくれ」
脳天の辺りに触れる声に、山田は小さく頷いて言った。
「わかった。俺もなるべくそうする。でもな佐藤、ここ道端だから」
「だから何だよ?」
「離せっつーの、ホモだと思われるだろーが!?」
喚いて肩を押し遣ると佐藤は何か言いたげなツラで身体を離し、それが何だと舌打ちして煙草を咥えた。
再び歩き出してから山田は訊いた。
「てかその、一緒に住んでるカレってのはどういう意味で書いてんだよ? そのジョシは」
「どうって、向こうは勝手にいろいろ解釈してるみてぇだけど俺は何も言ってねぇよ」
「あっそう」
「まぁ、こっちのどっかから情報が行ってそうだったけどな」
「俺らの仲はインフォーマルな公然の秘密かよ?」
「しょうがねぇよ、こっちで知れ渡ってっからな」
「俺らの仲って、いつの間に知れ渡ったワケ?」
「さぁな。会社のヤツらが勝手に言ってんのを否定しないようになったら、いつの間にか公式になっちまったんじゃねぇの」
「非公式じゃなくて既に公式かよ、あ。ちょっと煙草買ってくから待って」
コンビニ前に設置された灰皿に煙草を捨てて、山田は尻ポケットから小銭を出した。
「よく財布も持たずに逃走すんな」
「逃げてねぇし、千円札だって一枚あるし」
「子供かお前は」
山田が煙草を買って出てくると、佐藤が思い出したように言った。
「で、あのすげぇカーチャンは元気だったのかよ?」
「あぁ、親父が来てた」
買った煙草をポケットに入れながら言った山田に、佐藤は眉を寄せて目を寄越した。
「親父ってあの──」
「うん、カーチャンの愛人」
「大丈夫か」
「何が? 全然大丈夫だけど」
答えた山田を数秒じっと見つめてから、佐藤は小さく頷いた。
「お前が何ともねぇならいいよ」
「別にどうってこたぁねぇよ」
佐藤と並んでチンタラ自宅を目指しながら、山田は実家でのことをぼんやりと反芻していた。
ジジイがあの、愛人の前で見せるドMなヘタレっぷりの何分の一かでも妻や子供たちに見せていれば、彼らの人生もまた違ったものになっていたのかもしれないのに。
経産省を赦す気持ちは微塵もないが、それとは別に、そんな思いがないわけじゃない。
ただ──
アイツがいなくても山田は佐藤と出会ってた、母は父にそう言った。でも現実にはあの出来事がなければ今の会社に入ってたはずはないし、そしたらやっぱり間違いなく佐藤とは出会ってないと思う。
山田は隣を歩く男を見上げた。
コイツと会ってなかったら、どんな今を過ごしてるんだろうか?
タラレバを考えるのは趣味じゃないし得意でもない。でもひとつはっきりわかるのは、そんなパラレルワールドは全く想像がつかないという事実だった。
「何だよ?」
「いや別に」
視線を外してハーフカーゴのポケットに手を突っ込み、またすぐに隣を見た山田は、ポケットから手を出して同居人の項を掴み、引き寄せて押しつけるように唇を重ねた。
が、すぐに離れようとしたのに両手で頬を固定され、そのまま深く奪い返された。
後ろから近づいてきた足音が迂回しながら通り過ぎていく。人通りの少ない住宅地とは言え、まだせいぜい23時かそこらだ。
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